人生100年時代で、仕事とお金の常識はこう変わる! 出口治明トークイベントレポート(前編)
11月18日、ライフネット生命保険株式会社の創業者である出口治明(でぐち はるあき)氏をお招きしたキネヅカのオープニングイベント、「人生100年時代の仕事とお金のこと」を開催しました。場所はヤフー株式会社 紀尾井町オフィス内にあるオープンコラボレーションスペースLODGE(ロッジ)。100人の収容が可能なスペースですが、当日は多くの方にご参加いただき満員札止めとなりました。
1時間におよぶ出口氏の濃密なトークでは、超高齢化社会の日本がこれから進むべき指針が語られました。トークの後には質疑応答の時間も設けられ、さまざまな質問が相次ぎ、会場は白熱した雰囲気に包まれました。当日の様子をレポートします。
- 出口治明(でぐち はるあき)
ライフネット生命保険 創業者。1948年三重県生まれ。京都大学卒業。日本生命ロンドン現地法人社長、国際業務部長、ライフネット生命社長・会長などを歴任。2018年1月より、立命館アジア太平洋大学学長に就任予定。
物事はすべて、「タテ・ヨコ」の視点と「算数」で見る
出口
人は見たいものしか見ない動物です。物事を正しく見るには方法論が必要です。それが、タテ・ヨコの軸と算数の視点です。タテとは歴史を見ること。世界の人は全員ホモサピエンスで、その脳は1万年以上進化していないので、喜怒哀楽や判断は昔からいっしょ。ヨコとは世界を見ることです。源頼朝は平政子、すなわち北条政子と結婚して鎌倉幕府を開きましたね。昔から日本は夫婦別姓の国なんです。OECD35カ国の中で法律婚の条件として同姓を強制しているのは日本以外にはありません。タテ・ヨコに見れば、夫婦別姓は「日本の伝統ではない」、「家庭をこわす」などという意見は思い込みであることがわかります。
象のチャートから見る算数の視点
出口
真ん中が膨らんでいるのは、中国などの国で中間層が増えているからです。中間層が増えれば社会は安定するので、「グローバリゼーションはよかった」ということになる。ところが先進国では中間層の所得が伸び悩んでいて、経営者など一部の富裕層の所得は増えている。アメリカの経営者は、工場が国外に移転しても儲かりますが、労働者は儲からなくなってしまう。そういった人たちが、既存の枠組みを壊してしてもらおうと望んで誕生したのがトランプ政権。世界はそう理解しています。トランプも数字になるのです。つまり、エピソードではなくエビデンスで議論することが大事です。
定年を廃止すれば一石二鳥どころか、一石五鳥のメリット
出口
若い人に日本の将来について聞くと、多くは暗いと答えます。昔は若者10人以上でひとりの高齢者を支えていたのが、今では肩車に向かっている。それが理由のようですが、この考えは間違っています。そもそも若者が高齢者を支える動物はいません。根底から間違っているんです。少子高齢化が進んだヨーロッパでは、全員で社会的な弱者たちをサポートするという考えにシフトしています。年齢なんか関係ない。シニア、ヤングという分類を止めて年齢を考えずみんなで社会を支えることです。
「若者から所得税を集め、住民票で年金をチェックして高齢者に配る」というシステムを改め、「消費税でみんなから集め、マイナンバーで困っている人をチェックして配る」というパラダイムシフトを実現しなければなりません。
高齢化の中で僕が提案したい政策は“定年の廃止”。そうすれば、一石五鳥の効果が得られます。
- 介護の減少
- 医療年金財政の好転
- 年功序列の消失。同一労働、同一賃金へ
- 労働力不足の解消
- 中高年のモラルの向上
最後の“中高年のモラルの向上”については、こんなエピソードがありました。ある会社から「50歳以上の社員を集めたので、みんなが元気の出るような話をしてください」と依頼されたんです。その会社では50歳になると、みんな仕事を流すようになってしまって困っていると。53歳で役職定年、60歳で定年、そこから5年延長できるが給与は2割に落ちるという制度だったので、僕は人事に言いました。「この制度で50歳以降もやる気が出ますか?みんな仕事を流すようになると思いますよ」と。だったら定年を止めるべきだと伝えたんです。そうしたら人事は、「そんなことを上に意見する勇気はない」と言うんです。僕は「じゃあ、人事部みんなで意見してください」と返しました(笑)。欧米では履歴書に年齢欄がありません。仕事は「意欲・体力・能力」。年齢は関係ないんです。
少子高齢化対策はフランスに学ぶ
出口
欧米では「仕事か育児か?」という対立自体がありません。「専業主婦よりも、子育てをしながら働いている女性の方がたくさんの子を産む」というデータもあります。フランスではわずか10年の間に出生率を0.4ポイント上げて、2%台に回復させた実績があります。これが「シラク3原則」と呼ばれる政策です。
「シラク3原則」は以下の3つの原則から成り立っています。
- 出産により経済的な負担が生じないよう国家が支援
- 保育支援により待機児童を0にする
- 企業は従業員の育児休暇中も勤務していたものと見なす
(「キャリアの中断」や「ランクダウン」がない)
現状、日本はほとんど本格的な少子高齢化対策を行っていません。フランスができたのだから、日本ができないはずはないんです。しかしながら、日本は世界一高齢化が進んでいる国。1年経てば1才年をとるので、介護や医療や年金などで、毎年5,000億円以上が予算ベースで見ても新たに出ていきます。
選択肢はみんなで貧乏になるか、生産性を上げて経済を成長させ、その分を取り戻すかの二択。選択の余地はありません。生産性と国際競争力とはほぼ同義です。たとえば、ここに出版社で働く2人の編集者がいます。Aは朝8時に出社して22時まで働くけれど、発想力が乏しい。Bは朝10時に出社したと思ったら、スタバで人と喋ってそのままランチへ。18時になったら飲みに行ってしまう。けれども、いろんな人に出会いアイデアをもらって、ベストセラーを年間2、3冊出している。あなたはどちらの社員を評価しますか?
製造業が国を引っ張っていた高度成長期は、長時間労働に意味がありました。しかし今は、頭を使うサービス産業が主力です。人間の脳は体重のわずか2%ですが、使用するエネルギーは20%以上と言われています。とても高性能なエンジンです。脳が集中できる時間はだいたい1回2時間が限度。1日でも、2時間×3、4コマが限界と考えられています。つまり、頭を使う仕事は長時間働いたから成果が出る、というものではないのです。
「メシ・風呂・寝る」から「人・本・旅」へのシフト
出口
日本の産業は今や全体の74%以上がサービス産業です。長時間労働をして「メシ・風呂・寝る」の生活から「人・本・旅」の生活への切り替えが必要です。たくさんの人に会い、たくさんの本を読み、たくさんの現場に行く。AさんからBさんのように働き方を変える必要がある。そうしなければアイデアは生まれません。
加えて、日本経済を支えている50代、60代のおじさんに、消費を支えている女性の心理がわかると思いますか?サービス産業の需要者は6~7割が女性です。欧米先進国はクオータ制を採用し、上場企業なら女性役員を3、4割にしないと上場を取り消すなどの具体的な施策が行われています。それに対して日本は「女性が輝く社会」というキャッチフレーズだけにとどまっている。しかし狙いは同じで、需給のマッチングにある。女性が輝くためにも、男性が早く帰って家事や育児、介護を手伝うことが必要です。
講演で決まって出る質問とは?
出口
このように話すとお決まりの質問が出るんです。それは「若い頃には徹夜するくらいの根性が必要だと思います。そうしなければ、仕事を覚えないし、徹夜後は大きい達成感を得られました」というもの。これに対して、僕はこのように返答しています。「そうですか、不勉強で知りませんでした。若いときの長時間労働がイノベーションを生み、生産性を上げた、そんなデータがあればぜひ教えてください。勉強しますから」。これを5年間言い続けていますが、未だ具体的なデータが送られてきたことは一度もありません(笑)。長時間労働をすると、疲れた脳を守るためにホルモンが分泌されます。それによって、人間は生産性の高低にかかわらず達成感を感じてしまうのです。
最も効率のいい自己投資をして、好きなことをやって生きていく
出口
働いてきちんと稼いでいれば、人生におけるお金の心配事はそんなに多くありません。日本は労働力不足の社会なので食いっぱぐれることはまずありません。世界中のファイナンシャルプランナーと話をして思うのは、貯金は年収の半分くらいあれば十分。あとは好きなことをやって生きていく。それが世界の共通見解です。
リスクは病気やケガで働けなくなったときです。そんなときのために、就業不能保険に入っておくことをお勧めします。
財産3分法にふれておきましょう。手取りが30万円だとしたら、1、2万円を財布に入れます。次に1カ月にいくらあれば普通の生活ができるか考えてください。25万円であれば、その分は銀行に預金するのが世界共通の認識。残りの3万円は自由になるお金なので、投資をしてください。投資の中で一番リターンが大きいのが自己投資です。先日、北海道大学で、片言でもいいので中国語を話せれば時給3,000円というアルバイトの貼り紙を見つけました。中国語をちょっと勉強するだけで、北大生の平均時給よりも3倍以上高いお金をもらうことができます。
おいしい生活をするために
出口
おいしいご飯とマズいご飯、どっちが食べたいですか? おいしいご飯をつくるには、いろんな材料を集めて上手に調理する必要があります。人生や生活も同じです。いろんなことを知り、自分のアタマで考えて、はじめておいしい生活になります。ライフネット本社の近くにソラノイロというラーメン屋がありますが、そこはニンジンのピューレにムール貝のスープを使っておいしいラーメンを作っています。ラーメンもニンジンもムール貝もありふれたものですが、それらを組み合わせた人はいなかった。ビジネスのイノベーションは既存知の組み合わせです。たくさんの人に会って、たくさんのことを教えてもらったり、考え方をマネしたり、現場に行って知見を蓄える。本を読んで賢くなる。つまり、「人・本・旅」で勉強して知見を広め、いろいろな考え方を学んでおいしい生活を営んでください。
以上で出口氏のトークはおしまいです。仕事は年齢よりも「意欲・体力・能力」、「メシ・風呂・寝る」から「人・本・旅」へのシフト、家事や育児は男女で分担する、などなど数々の示唆に富むキーワードが飛び出した60分でした。生涯を通じて仕事を楽しむことで、人生も充実させ、よりよい社会を構築していく。参加者の多くが、新しい仕事観・人生観のヒントを得られたのではないでしょうか。
後編は参加者から出口氏への質疑応答タイムです。こちらも、出口氏のトークに負けない充実した内容となりました。
後編記事はこちら→「人生100年時代で、仕事とお金の常識はこう変わる! 出口治明トークイベントレポート(後編)」