ベストセラー作家の「爆笑年賀状」の記録|『孫と私の小さな歴史』(佐藤愛子 著)
近頃、シニアの方が書いた本やシニアについて書かれた本が注目されています。それらをシニア世代の方々はどう読むのか? シニアライターさんにブックレビューとして綴っていただくコーナーです。今回は、中学校の国語、社会科の先生として定年まで勤め上げられた山口 紗佳さんに、この時期にぴったりな一冊を紹介していただきます。
『90歳。なにがめでたい』
佐藤愛子の年賀状の記録
年賀状の季節になった。
最近は年末になると、年賀状を出す人がどんどん減っているという話がそこかしこであがっているが、そんな時に思い出す1冊がある。
我が愛すべき作家・佐藤愛子さん(以下・愛子さん)の『孫と私の小さな歴史』だ。
愛子さんについて触れておくと、90歳を越えてなおベストセラーを世に出すほど文筆力旺盛な作家。『90歳。なにがめでたい』(小学館)をはじめ、老いをテーマにした著作も多数上梓している。腹違いの兄サトウハチローはじめ、スキャンダラスな佐藤家の一員でもあるが、生き方や考え方の潔さは、読んでいて気持ちがいい。
今回ご紹介する『孫と私の小さな歴史』は、愛子さんが娘の響子さんと孫の桃子さんとで共同制作した写真年賀状のエピソード。
佐藤愛子ファンはもちろん、年賀状に対してマンネリとした思いを抱える人に読んでいただきたい1冊だ。
ただの家族写真では済まされない?
「爆笑必至年賀状」
私も昔はよく写真年賀状をもらった。特に毎年楽しみだったのは、同い年の子供がいる同僚の年賀状で、毎年欠かさずご主人や息子くんのコメントが付いているのが愉快だった。写真は論より証拠、一目見てその家族の雰囲気がわかるものだ。
一方、愛子さんの場合、ただの家族写真では済まされない。
ある年の年賀状では、お揃いのトトロの着ぐるみをまとったおばあちゃんと幼い女の子が、ずっと続く草原の中で並んで微笑んでいる。ボロボロの赤い傘(子供用)をさしたおばあちゃんをよくよく見ると…、なんと! 愛子さんなのである。
愛子さんといえば着物姿しか見たことがないが、この本では孫の桃子さんとともにハチャメチャな扮装に本気で挑戦する。
それも20年間に渡ってだ。
「バアさんにはならない、ジイさんになる!」
ひとり娘を腕一本で育て上げ、愛子さんに孫ができたのは、69歳のとき。
娘夫婦と孫との同居を始めた際に、
「バアさんにはならない、ジイさんになる!」
と宣言し、周りがハラハラして孫の世話を任せられないジイさんになると決意を固めた。
この様子がとてもおかしい。 娘夫婦が泣き喚く赤ちゃん(桃子さん)を、ああだ、こうだと汗だくになりながら沐浴させていようが手出しせず、「わたしがやるよ」というひと言を堪えて必死に赤飯を頬張る。
しかしそれが一変、年賀状制作となると、毎年構想から衣装集め、撮影まで、真面目に一歩も引かず徹底的に取り組む。桃子さんがどんなにぐずったって、おかまいなしだ。
撮影担当の響子さんにも一喝、
「ふざけ半分はダメだ!」
そうやって、「ふざけた」写真の年賀状は撮り続けられた。
家族や著名人ファンとのエピソードも
69歳からの20年間なのだから、体の不調は避けられない。
ある時愛子さんがすこぶる体調を崩し、寝込んだことがあった。その折、響子さんから「今年は年賀状の写真どうするの?」と問われたそうな。
とたん、ガバッと起き上がり、カンフーの衣装に身を包み、年賀状写真のために孫と本気の乱闘シーンを繰り広げた。
走り回っているうちに、すっかり病気のことは吹き飛んだというから、年賀状への思いは物凄い。
そんな熱のこもった愛子さんの年賀状には、著名人のファンも多かった。
愛川欽也さん、津村節子さんなど。神津カンナさんは扮装の小物まで調達してくれるほどの協力者だった。
しかし、ある大御所作家はバッサリと批判的なひとことを愛子さんに返す。この時の愛子さんの怒りのエピソードもおかしいので、ぜひ読んで笑っていただきたい。
年賀状も「作品」
愛子さんの頭の中は、ドラマでいっぱい。
ひとつひとつの年賀状が作品であり、小説を書くのと同じエネルギーで打ち込む。
その情熱に巻き込まれた娘、孫それぞれの人生も随所で書かれており、どの世代が読んでも後味のよい楽しい1冊に仕上がっている。
「今度はひ孫と撮りませんか?」と尋ねたら、愛子さんは何と答えるだろうか?
2019年1月、文庫化されます!
タイムリーなことに、『孫と私の小さな歴史』は来年1月に文庫化決定です! タイトルが『孫と私のケッタイな年賀状』と改題されるそう。電車で読む方は口元に注意してくださいね。
書籍情報『孫と私の小さな歴史』
(『孫と私のケッタイな年賀状』に改題して2019年1月文庫化)
- 著者:佐藤愛子
- 発売日:2016/1/8
- 発行所:株式会社文藝春秋
- ISBNコード:4163903879
- 山口 紗佳
埼玉県の公立中学校で国語、社会科教師として定年まで勤め上げる。演劇部やバレー部、ソフトボール部など数々の部活の顧問を経験。図書館教育に長年関わってきた経験をもとに、書評の分野で新境地を開拓。東海道、世界ぶらり旅など「歩き・旅行」が趣味。