かっこよい人

登録者140万人超の水彩画Youtuberが語る人生哲学。“好きなものだけ”を突きつめて(「Watercolor by shibasaki」柴崎春通さん)

「はい、こんにちは!柴崎です。お元気ですか?」

74歳のYoutuber・柴崎春通さんの動画は、視聴者への優しい問いかけから始まります。

Youtubeチャンネル「Watercolor by shibasaki」のテーマは“絵”。柴崎さんは、長年に渡る水彩画講師・画家のキャリアを活かし、70歳からYoutubeでの活動をスタートしました。自身が水彩画を描き上げる様子を20分ほどの動画に収め、定期的に公開しています。
チャンネル立ち上げから5年が経ち、今や「Watercolor by shibasaki」は登録者数142万人を誇る人気チャンネルへと成長しました(2022年6月現在)

今回は、柴崎さんのアトリエに伺い、お話をお聞きしました。

柴崎春通
1947年千葉県生まれ。1970年和光大学芸術学科卒。荻太郎、中根寛に師事。2001年文化庁派遣在外研究員としてアメリカに留学し、The Art Students League of New York等で水彩の研究を行う。チャールズ・リードと親交を結ぶ。日本美術家連盟会員。元Salmagundi Art Club会員(米国)。元講談社フェーマススクールズ絵画科講師。
目次

40代でバックパッカーデビュー。自身の半生が詰まったアトリエ

柴崎さんのアトリエ。撮影時は主に手前のローテーブルで描くという

素敵なアトリエですね。いつもここで創作活動を?

柴崎
はい。ここには僕の実家がありました。自然が多く、良いところです。
Youtubeの撮影時は、いつもあの小さな椅子に座って絵を描いています。この棚にあるのは、静物画の題材ですね。

多種多様な雑貨がたくさんありますね。

柴崎
面白いでしょう?これらの多くは、海外をひとり旅した際に入手したものです。僕はバックパッカーをしていたからね(笑)

バックパッカーをしていたのは何歳の頃ですか?

柴崎
40代の頃ですね。絵のモデルに起用したイギリス人から「リュックサックひとつで歩き回る旅人が世界中にいる」という話を聞いたんです。異国の文化と自然に興味があった僕は、どうしても行きたくなってしまって。それでフラッと香港に行ったらハマりました。多い時は、年に3回ほど外国に出掛けていました。これまでに訪れたのは、約40カ国です。

ひとり旅の目的は絵を描くこと?

柴崎
もちろん。いつもスケッチブック片手に旅していました。
それから現地の文化や人との触れ合いも旅の目的のひとつですね。道端で絵を描いていたら「お前スゴいな!メシ食いに来いよ!」と声をかけられて、ご飯をご馳走になったり、泊めてもらったり。面白い体験でした(笑)

アトリエの片隅には愛猫マロンちゃんの姿も

「絵を描くことで生きていける」と確信していた学生時代

ところで柴崎さんが美術の道を志したキッカケは?

柴崎
もともと絵を描くことが好きで、高校では美術部の部長でした。でも、当時は「絵=部活と趣味」。僕は農家の末っ子長男だから、いつか家業を継がなければと思っていました。

高校卒業が迫り、特に進路の希望もなかった僕は、友人と一緒に県庁を受けました。そして合格し、配属先も決まった。でも「このまま一生公務員として働くのか」と思ったら、途端に嫌になってしまったんです。

ちょうどその頃、東京の大学に進学を決めた友人がいました。彼の影響で「僕も東京で絵の勉強がしたい」と思い、両親に相談したら快く送り出してくれました。

高校を出て、春から阿佐ヶ谷の美術学校に通い始めました。入学するや否や、僕の鼻はポキッと折れましたよ(笑) だって同級生は、藝大を目指して何浪もしている子ばかり。田舎から出てきた18歳の僕が、簡単に追いつける相手ではありません。でも「東京まで来たからには」と覚悟を決め、1年後には学内コンテストで上位に食い込むまで上達しました。

その後、柴崎さんは和光大学芸術学科に進学されていますね。

柴崎
藝大受験も考えていましたが、途中で嫌になってしまったんですよ(笑)
進路に悩み、山手線の車内でぼーっとしていたら、「和光大学 芸術学科」の中吊り広告が目に飛び込んできました。「他に行くところも思いつかないし、行ってみようか」と思い、入学しました。

大学時代は、絵に描いたような貧乏学生でしたよ。栄養失調で髪の毛は真っ赤っか。アパートの近所に生えていた大根を引っこ抜いて、そのまま醤油をかけて食べたこともある(笑)

例に漏れず、僕は卒業間際まで就職について一切考えていませんでした。いざとなれば、上野公園で似顔絵描きのアルバイトをしようと思っていたくらい。だから講師の仕事には飛びつきましたよ。

大学卒業後に講師として勤めた講談社フェーマススクールズですね。

柴崎
ある日、知らない先生から呼ばれ、「絵の学校で講師を探している。行ってみないか?」と言われました。聞けば「月給5万円だ」と言うじゃないですか。当時の大卒初任給は約3万円でしたから、僕には願ってもない話でした。これを機に、僕の講師人生がスタートしました。

就職が決まらず焦り、美術以外の仕事に就こうと考えたことはありますか?

柴崎
ありませんね。僕は自分の意に染まないことは絶対にしたくない(笑) 興味がない仕事に就こうとも、それが僕にできるとも、全く思っていませんでした。頭の中にあったのは「絵を描くことで生きていけるだろう」という考えひとつでした。

「僕がいかにいい加減な人生を歩んできたかバレてしまう」と笑う柴崎さん

農家と講師の“二足のわらじ”が精神的プレッシャーに

講師になり、変化はありましたか?

柴崎
そうですね。入社当初はアシスタントでしたが、完全実力主義の現場で揉まれ、3年後には講師に昇格しました。スキルの幅が広いほど仕事を任せてもらえる環境だったので、油絵に加えて水彩画の技術も習得しました。これを機に、風景や静物、人物、動物など、あらゆる題材を描くようになりました。

柴崎さんは講師だけでなく、画家としても活動されていますね。

柴崎
個展を開くようになったのには理由があります。
僕は講師の職を得て以降、金銭的に困ることはありませんでした。家族にも恵まれ、一見すると充実した生活です。でも、僕は精神的なプレッシャーに苛まれていました。

僕は両親が専業農家だったので、毎週末帰省して、手伝っていたんですよ。土日は田畑を耕し、平日は講師の仕事をこなす日々が数年間続きました。この“農家と講師の二足のわらじ”を繰り返すうちに、「この生活のどこにも自分はいない」と病んできたんです。

それから数年後、体力の限界が近い両親を説得し、農業を辞めてもらいました。これを機に、自分を表現するための手立てとして個展をやろうと決めました。それから約30年、ほぼ毎年個展を開催しています。

3年ぶりの個展が7月13日から始まる。アトリエに並ぶ展示予定の作品たち

「Youtubeやってみたら?」息子の提案に二つ返事で「YES」

個展からYoutubeへと活動の幅を広げた背景を教えてください。

柴崎
キッカケは息子の一言ですね。僕の個展には、毎年多くのお客様が足を運んでくださいます。会場の様子を見た息子に「Youtubeに動画をアップしてみたら?もっと沢山の人に見てもらえるよ」と言われたんです。

Youtubeで発信をすることに抵抗はありましたか?

柴崎
全然!即座に「いいね、やろう!」と答えました。僕もYoutubeは見ていたし、何より面白そうじゃない。だって僕、出たがりじいさんですから(笑)

水彩画初心者の目線に立った動画で人気を集める

柴崎さんの動画では、1枚の水彩画があっと言う間に描き上がるので驚きました。

柴崎
僕はもともと絵を描くのがとても早いんですよ。水彩画は、絵の具が乾き切らないうちに別の色を乗せたり、わざとにじませたりして、水の流れが生む味わいを楽しむものです。スピーディに描くことは、水彩画の持ち味を魅せることでもあります。

視聴者の皆さんのリアクションを見ていると、僕が筆をぱっぱと動かして短時間で描き上げる様を楽しんで下さっているのかなと思いますね。

水彩画を始めたばかりのビギナーにも喜ばれる内容ですね。

柴崎
僕は、ビギナーの視点に立ち、皆さんが“学べる動画”にすることを大切にしています。

僕ね、つい最近デジタル画を始めたんです。動画にしようと使い方をネット検索したら驚きました。情報はたくさん出てきますが、“学べない”んですよ。どのページも専門用語だらけで、僕のような初心者にはわからないことだらけでした。

その時に「僕も視聴者の皆さんに同じことをしてはいけないな」と改めて感じました。初めてデジタル画に触れる方が、すんなりと理解できるためにも、まずはシンプルに「えんぴつ」と「消しゴム」ツールのみを使い、動画を撮影しました。

100均の画材や息子さんの子供の頃のクレヨンを使った動画は、絵を描くことのハードルがグッと下がる企画だと感じました。

柴崎
必ずしも、高い絵の具、高い筆じゃないといい絵が描けないなんてことはありません。
視聴者さんの中には、「絵を描いてみたいけれどどうしたらいいかわからない」と尻込んでいる人もいる。僕の動画が絵に興味がある人の呼び水になったらいいなという思いもありますね。

使い込まれた柴崎さんの絵の具パレット

“1対1”を大切に。登録者数140万人でも変わらぬ姿勢

チャンネル登録者数140万人は、かなり注目度の高いチャンネルですね。

柴崎
すごい数字ですよ。でもね、視聴者の皆さんを“140万人”と捉えたことはないんです。だって見てくれているのは、画面の向こう側にいるたった一人の“あなた”でしょう。僕は140万人の視聴者一人ひとりと、いつでも1対1でありたい。「“あなた”が僕の動画を楽しんでくれているかどうか」が最大の関心ごとです。

海外の視聴者の方も多いんですか?

柴崎
全体の1割ほどですね。バックパッカー経験も相まって、僕の頭の中はボーダレスですから、別段驚くことはありません。「やぁ!元気かい?」って感じですね(笑)

視聴者との深いつながりを実感

柴崎さんは自身の体調を伝える動画もアップしていますね。

柴崎
視聴者の皆さんが心配するといけないので、黙ってお休みするのではなく、できるだけ率直に伝えたいと思っています。

そのような動画を何度かアップするうちに視聴者の皆さんにも変化が生まれました。
「実は私も病を患っています」など、自身の状況や素直な胸の内を明かしてくれるコメントが増えてきました。今では中学生から同年代の方まで、さまざまな世代の方がコメントを寄せてくれます。僕はできるだけそれぞれの目線に立ち、お返事をするよう心がけています。

コメント欄がとても良い雰囲気に包まれているのは、僕と視聴者さんたちの信頼関係があるからこそです。それを目の当たりにしたら、皆さんを裏切るようなことはとてもできません。

昨年よりスタートした「添削動画」も視聴者の方々とのつながりが深まる企画だと感じました。

柴崎
「皆はどんな絵を描くんだろう?」と気になっている視聴者さんもいるだろうと思い、添削動画をはじめました。毎月100~200通の応募がありますね。

Youtubeは、基本的に発信する側の一方通行です。でも僕のチャンネルは、コメントのやり取りや添削動画を通じて、徐々に双方向になりつつある。今後はオンライン授業やファンミーティングなど、もっと皆さんと交流を深められる試みがしたいと思っていますよ。

シニアこそスマホ片手に世界を広げよう

柴崎さんはオンラインをフル活用して、今後も活躍の場を広げていくのだろうなと思いました。

柴崎
僕は、シニアこそオンラインを活用して、世界を広げたほうが良いと思っています。

この年になるとね、段々と身体に不調が出てくる。足腰は弱るし、病気もする。それは年齢的に仕方がないとわかっていても、“弱っていく自分を認識すること”は結構ツラいんですよ。

やりたいことがあっても体調を理由にできなくなる?

柴崎
そう。「怪我をしたら」「家族に迷惑をかけたら」など、マイナス思考が自分の行動を縛ってしまう。でも、ネガティブな気持ちを抱えたまま、じっと最期のときを待つのは馬鹿らしいじゃないですか。

幸いにも、70代の約7割がスマホを持っているそうなんです。だから皆さんもスマホを駆使して、オンラインで世界を広げたらいい。仲間を作るのも、おしゃべりも、歌を歌うのも、オンラインなら足腰関係ないでしょう?

それから、シニアはもっとアウトプットしたほうがいいと思いますね。若い頃は社会でバリバリ活躍し、日本を引っ張り上げてきたノウハウと生き様があるのに、皆さんそれをしまい込んでいる。今こそ重い腰を上げて、「自分たちにもまだ出来ることがあるはずだ」と考え、行動を起こしてほしいですね。

それは自身の今後の人生のためでもあり、次の世代のためでもある、と。

柴崎
そう。以前「私のおじいちゃんになってほしい」と真摯にコメントをくれた視聴者さんがいました。僕は「若い世代には、一人では解決できない悩みを抱え、誰かに話を聞いてほしいと思っている人がいる」と感じました。

シニアの経験やノウハウは、“若い世代の相談役”として、とても役立つと思うんです。年老いて、肉体的にも精神的にも引きこもってしまう前に、もう一度社会を盛り立てる使命感に燃えてほしい。僕のYoutubeを通して、同世代のシニアにエールを送りたいですね。

嫌なことはしない。好奇心の赴くまま“面白いこと”に挑戦し続けたい

柴崎さんは生涯Youtubeを続けたいですか?

柴崎
だって面白いからね(笑) 動画をアップすれば、視聴者の皆さんがわいわい乗ってきてくれるんだもの。すごく楽しいですよ。

僕は74年間、自分が面白いと思うことしかやってこなかったんです。「嫌なことはしない」が、僕の人生哲学といってもいい(笑) いくら生活のためとはいえ、嫌いな仕事をイヤイヤやりたくないでしょう。人生1度きりなら、多少お腹が空いてもいいから、面白いと感じることだけやりたい。

動画の中で絵を描く柴崎さんがとても楽しそうな理由がわかった気がします(笑)

柴崎
絵を描くとね、世の中がどれだけ素敵か分かるんです。以前は、雨が降りそうな曇り空に「嫌だな。早く帰らなきゃ」と思っていたのが、絵を描き始めると「グレーのグラデーション、いいね。山に落ちた雲の影も最高」と感じるようになる。同じ景色は2度とありませんから、題材も無限大です。

皆さんも絵を描いたらいい。自分を取り巻く世界が、がらりと変わりますよ。

個展情報「柴﨑春通 絵画展」

2022年7月13日(水)~ 7月25日(月)
AM11:00~PM5:00
※初日はPM2:00より
※最終日はPM2:00まで
※7月19日(火)のみ休館

並樹画廊
〒104-0031 東京都中央区京橋 2-7-12

YouTubeチャンネル
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取材・文=佐藤優奈

※掲載の内容は、記事公開時点のものです。情報に誤りがあればご報告ください。
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