別所哲也インタビュー【後編】
57歳になった僕が今、目にしている風景について思うこと。
2023年1月7日から明治座で上演されるミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』に出演する別所哲也さん。
前編のインタビューでは、日本発の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」の起ちあげ秘話をうかがったが、後編ではミュージカルの魅力について、舞台にかける思い、年をとっても元気を保つ方法などについて、聞いてみた。
読めば誰もが元気になる、情熱のインタビューだ!
前編記事はこちら→別所哲也インタビュー【前編】 夢をカタチにする「ドリームリスト」
- 別所哲也(べっしょ・てつや)
1965年生まれ、静岡県出身。1990年、日米合作映画『クライシス2050』でハリウッドデビュー。米国俳優協会(SAG)会員。その後、映画、ドラマ、舞台、ラジオなどで幅広く活躍中。『レ・ミゼラブル』、『ミス・サイゴン』といった大型ミュージカル作品への出演経験も豊富に持つ。1999年より、日本発の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」を主宰し、文化庁長官表彰受賞。
別所哲也が思う
ミュージカルの魅力
別所さんは大学在学中にミュージカル『ファンタスティックス』で初舞台を踏み、その後も『レ・ミゼラブル』、『ミス・サイゴン』、『マイ・フェア・レディ』といった大型ミュージカル作品の主役をつとめています。ミュージカル志向は、最初からあったんですか?
別所
いや、必ずしもそうではないです。ミュージカルで活躍されている俳優さんのバックボーンを聞いてみると、音楽大学で声楽科やミュージカルコースなどを専攻していたり、ストリートやアカデミックな場でダンスの技術を磨いた方などが多くいらっしゃいます。僕については、そのような素養はありませんでした。
強いて言えば、小さいころにピアノを習ったことがあって、譜面を読むことができたというのが唯一の、ささやかな「素養」と言えるかもしれません。
ミュージカルの場合、普通のお芝居であるストレートプレイにはない、歌稽古というものがあって、ピアノの伴奏で自分の役が担当する楽曲を歌う過程があるんです。
ですから、オーディションに受かって出演が決まると、台本だけでなく、譜面も送られてきて、普通のお芝居と比べて把握しなければならない範囲も広いんです。
例えば、歌の前に前奏が8小節あったとして、その間の感情の動きをピッタリと同じ時間で表現しなければならないときもあります。
それから美術セットの構造を把握して、「このセリフをしゃべるときはこの位置で」と指定されるときもあります。
一挙手一投足に考え抜かれた計算があって、俳優はその通りに演技を進行させていかなければならない。しかも、それが「段取り」のようにお客さんに見えてしまってはダメで、自然な動きのように見せる技術が必要となります。
僕の場合、数々のオーディションを受けて、いただいたチャンスのなかから、そうした技術を少しずつ身につけていったように思います。
稽古から本番に至る過程で、別所さんがいちばん楽しいのは、どこですか?
別所
稽古にも本番にも、それぞれの楽しみがあります。
ミュージカルの場合、台本を読んだだけでは、お芝居の意味やおもしろさを理解しきれないところがあります。稽古場でキャストのみなさんと演技を交わして初めて「ああ、そうだったんだ」と理解できる部分も多いんですね。そうやって少しずつ、作品をつくっていく作業はクリエイティブでワクワクします。
稽古場から舞台に移って、本番と同じ衣装をつけて、同じ美術セット、同じ照明の前でリハーサルをするときも、また別の楽しみがあります。
そして、本番になって、お客さんを前にして演技をするときの楽しさも格別なものがあります。お客さんとの一体感のなかで、お芝居が光り輝くような感覚を味わえる。最後の最後まで新しい発見があるんです。
「思い続ければ夢はかなう」
と確信した『レミゼ』体験
これまで出演したミュージカルのなかで、特に印象的な作品を一本挙げるとしたら、何でしょう?
別所
『レ・ミゼラブル』、通称『レミゼ』でしょうか。
俳優の道に進むことを決意したとき、日本初演の公演を見て、「いつかこんな作品に自分も出演したい」と願っていました。
その夢がかなったのが、2003年のこと。主役のジャン・バルジャンのオーディションがあるという話を聞いて、なんという幸運だと感激しました。
当時、僕は40歳の手前の39歳。ジャン・バルジャンの劇中の設定年齢は30代から50歳ごろですから、それより若くても、年をとり過ぎてもオーディションを受けることはできません。20代だったら、「マリウスとか、アンジョルラスのオーディションを受けたほうがいい」と周囲からアドバイスされていたでしょう。
それだけに、『レミゼ』の舞台にバルジャン役で立てたことには格別な思いがあります。
もちろん、プレッシャーはありましたけど、「夢はかなうんだ」と確信したことの喜びのほうがそれに勝っていましたね。
『チェーザレ 破壊の創造者』
にかける思い
さて、今回、別所さんが出演される、ミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』の意気込みについてもお話をお聞かせください。
別所
この作品は、日本発のオリジナルのミュージカルであるということに、大きな意味があると思っています。
『レミゼ』のような伝統のある名作では、偉大な先人の業績を参考にすることができますが、今回の『チェーザレ』は、その伝統の第一歩を自分たちで踏んでいかねばなりません。
それから、ミュージカルでは音楽が重要な要素になりますが、当然ながら最初から日本語で歌詞がつくられています。外国語でつくられた歌詞を日本語に翻訳するのではない、むずかしさがそこにあります。
日本人には聴きやすい歌詞になるということですか?
別所
そうかもしれません。島健先生の楽曲は、日本語と外国語の違いを十分に活かした素晴らしいものになっていますから。
例えば、日本語だと、ひとつの音符にひとつの文字を乗せがちですよね。「あなた」という言葉にメロディをつけるとすれば、3つの音符が必要になります。
でも、英語の「YOU」だと音符はひとつで済みます。ほかに「PUSH」とか「COME」といった単語でも音符はひとつでいい。
だから、外国語の歌詞でつくられた楽曲には、独特のリズムが加わるんですが、『チェーザレ』の楽曲にも同じようなリズムの躍動感があるんです。素晴らしいなと思いました。
1度つくりあげた芝居をゼロに
戻して、イチからつくっていく
明治座での『チェーザレ』の初演は、本来なら2020年4月に行うはずでしたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で全公演中止になりました。どのような心境でしたか?
別所
何とも言えない、複雑な心境でしたね。実は稽古場での稽古はすでに終わっていて、あと数日後に舞台リハーサルが始まる、というタイミングで公演中止が決まったんです。
もう大部分が出来上がっているのに、それを世に出すことができない。そんな理不尽さをどう受けとめていいのか、正直なところ、よくわかりませんでした。
2011年3月11日に東日本大震災が起きて、『レミゼ』の4月公演の実施が危ぶまれたことがありましたけど、このときは何とか中止にならず、公演できたんです。
ですから、自分が出演する舞台が中止になるという経験は、俳優人生で初めてのことでした。
しかも、悲しい思いをしているのは自分たちだけじゃなくて、世界中のすべての人に共通する思いでしたからね。
演劇業界はもちろん、飲食業界、旅行業界など、コロナはさまざまな業種の営みを止めてしまった。「なぜこんな目に遭わなきゃならないんだ」なんて恨みごとを言っても何の意味もありません。
もちろん、「今回は中止になったけど、時機を見てまた公演を実現させよう」という声は、中止が決まった直後から、いろいろなところで上がっていました。
演劇の灯を消すな、というのが演劇関係者の合い言葉になっていましたからね。
でも、『チェーザレ』は規模の大きなミュージカルですから、公演を起ちあげ直す作業は、困難を極めたんじゃないかと思います。実際、「何月ごろには再開できそうだ」という話を2度ほど聞きましたけど、いずれも実現しませんでした。
3度目の正直で「2023年1月から再上演決定」となったのは、ちょうどその1年くらい前のこと。その時点で、2023年1月のスケジュールに別の予定が入っていたら、断らざるを得なくなるんですが、幸運なことに「ありがとうございます。お引き受けします」と返答することができました。やった! と思わず叫んでいました。
すでに稽古済みですから、完成度の高さは保証されたようなものですね?
別所
いや、前にやったことは一旦忘れて、イチからつくり直すつもりで稽古に臨んでいます。
前編のインタビューで「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」は1回目より2回目の開催準備のほうが大変だったという話をしましたね。
今回もそれと同じで、以前、稽古したときの演技をなぞるだけだったら、決していいものはできません。
最初に稽古をしたときから、すでに2年半の年月が経っています。その間には、惣領冬実先生の原作漫画も完結していますし、前回の公演からキャストが入れ替わった部分もあります。そんな「今」の状態で全力を尽くすこと。それが前回つくったものを超える唯一の方法なんです。
どうぞご期待ください。是非とも劇場に足を運んでください。
勢いで突っ走るのではなく、
ブレーキをゆるめに踏んでおく
ところで、今年の8月で別所さんは57歳になりました。若かったころと比べて、衰えを実感することはありますか?
別所
もちろん、あります。若いころは、どんなに疲れていても、お風呂に入ってぐっすり寝れば、翌朝にはすっかり回復していました。でも、50歳を過ぎたころから、疲れが翌日まで残ることがあります。
メンタル面は「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」を始めた36歳のころと変わっていないつもりなんですけど、フィジカルのほうはそうはいきません。
そんななか、別所さん流の「元気を保つコツ」は何でしょう?
別所
スポーツの世界と同じかもしれませんが、人前で演技をするのは緊張や不安を強いられる行為なので、気持ちを落ちつかせるためのルーチンを持っている人が演劇人のなかには少なからずいるようです。
例えば、「本番の日の朝は、必ずこれを食べる」とか、「好きな色の服を着て家を出る」とか。
僕は逆に、そういうルーチンをつくらないようにしてきました。もし、何かの事情でルーチンをこなせなかったとき、それがストレスになって調子を乱してしまうかもしれないじゃないですか。
だから、好きなものを好きなときに食べて、好きな時間に寝る。それが僕のいちばんのストレス発散法です。
強いていえば、冬場の乾燥した時期のノドのケアが唯一のルーチンでしょうか。
外に出掛けるときはマスクをして、帰ってきたら手洗いとうがいをする。
夜寝るときは加湿器をかけて、マスクをしてベッドに入る。
これら一連の動作は、コロナ渦になるずっと以前から習慣にしてきたことです。
昔からせっかちな性格で、「思いたったが吉日」の流儀でやってきましたけど、最近では「思いたったら一旦考える」ようになりました。勢いを武器にできるのは若さの特権ですが、年相応に自分をコントロールする知恵がついたのかもしれません。
でも、全力でブレーキを踏むのではなく、少しゆるめに踏んで「ちょっとだけ頑張ってみる」ということは意識しています。
自分の行動に制限をかけなきゃならないほど、老いたわけではありません。つねに新しいことにチャレンジすること、ワクワクすることが僕の生きる喜びであり、行動力の源泉ですからね。
興味深いお話、ありがとうございました。
ミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』上演決定!
「モーニング」にて連載されていた累計140万部突破の大ヒット歴史漫画『チェーザレ 破壊の創造者』(惣領冬実 監修:原 基晶 講談社刊)が待望のミュージカル化。
美麗な作画とドラマチックな描写で幅広い層から支持を集める人気作家、惣領冬実による壮大な歴史絵巻がミュージカルとして生まれ変わります。
主演は、名実ともにミュージカル界を牽引するトップスター中川晃教。テクニックに裏打ちされた歌唱力と豊かな表現力で、本作の主人公、チェーザレ・ボルジア役を務めます。
さらに日本演劇界を代表するキャストが集結しました。チェーザレに生涯忠誠を誓う腹心のミゲル・ダ・コレッラ役は、「EXILE」のパフォーマーとして活動をする傍ら、役者としても着実にキャリアを重ねている、橘ケンチ。
そして、チェーザレの父であり、ボルジア家の当主ロドリーゴ・ボルジア役は、映画界の要人にして、大型ミュージカル作品への出演も豊富な別所哲也が演じます。
明治座は、創業以来“初”、幻のオーケストラピットを稼働し、生演奏による本格ミュージカルを上演いたします。
- 日程:2023年1月7日(土)~2月5日(日)
- 会場:明治座(東京都中央区日本橋浜町2-31-1)
ミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』
公式ホームページ