かっこよい人

80、90歳になっても現役で活躍したい!
何事もとことん極める、片岡鶴太郎さんの前向きな生き方

映画『春に散る』(8月25日公開)に出演している片岡鶴太郎さん。本作では佐藤浩市さんが演じる仁一の昔のボクシング仲間として、若きボクサー(横浜流星)を指導する役を演じています。芸人、俳優、画家、ヨガ実践家、書家など様々な分野で活躍している鶴太郎さんに、この映画のこと&キャリアと挑戦するエネルギーについてお話を伺いました。

片岡鶴太郎(かたおかつるたろう)
1954年12月21日生まれ。東京都出身。高校卒業後、片岡鶴八師匠に弟子入りし、声帯模写でデビュー。テレビのバラエティ番組で芸人として人気を博し、その後、俳優としてドラマ、映画など多数出演。『異人たちとの夏』(1998)では日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。1988年プロボクシングのライセンスを取得したのち、鬼塚勝也、畑山隆典のマネージャーも務める。ほか、画家、書家、ヨガなど多彩な活動をしていおり、2015年には書の芥川賞と呼ばれる「第10回手嶋右卿賞」を受賞。近作はドラマ『警部補ダイマジン』(2023/テレビ朝日)
目次

ボクシング経験が生きたサセケン役

佐藤浩市・横浜流星主演の映画『春に散る』は、引退した元ボクサーの広岡仁一(佐藤浩市)が、同じ元ボクサーの青年・黒木翔吾(横浜流星)に「もう一度ボクシングがやりたい。教えてくれ」と懇願されて、彼とともに世界チャンピオンを目指す物語。鶴太郎さんは仁一の友人で元ボクサーの佐瀬健三(愛称・サセケン)役。鶴太郎さん自身もボクシングのライセンスを持っており、翔吾にボクシング指導をするサセケン役は共感度が高かったそうです。この映画の魅力やご自身の多彩なキャリアについてお話を伺いました。

映画『春に散る』の佐瀬健三役は、ボクシング経験のある鶴太郎さんにぴったりの役でしたね。役のどの部分に共感しましたか?

片岡鶴太郎さん(以下、鶴太郎)
ボクシングは、命を懸けて取り組むので、その世界から離れてしまったときの喪失感は大きいんです。闘うときの興奮、勝ったときの高揚感、やり遂げたときの充実感は、ほかではなかなか味わえないし、闘いに敗れたときの敗北感は相当なものです。

だから、僕が演じた佐瀬健三……サセケンが「ボクシングに代わるものなんてない」と、世捨て人のようになる気持ち、すごく理解できました。そんな気持ちでいるときに昔のボクシング仲間の仁一が来て「一緒に何かやろう」と言われたら、それは嬉しいですよ。口では「何を言っているんだ、この野郎」とか言ってますけどね。

それも若くてやる気のある青年を鍛えるという仕事ですから、燃えますね。

鶴太郎
ボクシングを忘れかけていたときに、磨くと本物になる逸材の翔吾が現れて、仁一とサセケンは彼に夢を託して鍛えるわけです。サセケンがボクシングや生きることへの情熱を取り戻すことができてよかった。「生きてきてよかった」と仁一に言うセリフ、あれは嘘じゃないと思いました。

鶴太郎さんもボクシングから離れたあとは、サセケンのような気持ちになったのでしょうか?

鶴太郎
僕は、プロボクシングのライセンスを取得したときにボクシングは終わりにしました。日本チャンピオンや世界チャンピオンを目指すなんてレベルじゃないし、僕の中では、プロのライセンスを取得したことがチャンピオンベルトでしたから。

それに、その頃、当時高校生だった鬼塚勝也(元プロボクサー/WB A世界スーパーフライ級王者)と出会い、鬼塚が私の夢を達成してくれましたから。翔吾と仁一みたいでね。そういう意味でも共感するところは多かったんです。

©2023映画『春に散る』製作委員会

若い俳優と共演するときは、先輩づらをしない

横浜流星さんの演じる翔吾のボクシングシーンの迫力はすごかったですね。彼もプロのライセンスを取得しました。あのシーンはサセケンもスタッフとしてリングサイドにいますが、完成した映画を見た感想は?

鶴太郎
ボクシングシーン、よかったですね。流星くん、対戦相手の窪田正孝くんともにボクシングジムでトレーニングを積んで撮影に臨んでいたんですよ。休み時間もシャドウボクシングをやるなど努力を怠らずに取り組んでいましたし、映画を観て、改めて彼らを尊敬しました。

彼らのような若い世代との共演が多いと思いますが、どのように接していますか? 年齢差があると会話に困ることなどないでしょうか?

鶴太郎
先輩づらをしないことを心がけています。『春に散る』の場合は、横浜流星くんは出演シーンもセリフも多いからNGを出して迷惑をかけないように気をつけました。彼の芝居への集中力は素晴らしいものがありますし、キャリアの長さなんて関係ないです。同じ作品に出演している共演者として、やるべきことをやっていれば、自然と会話も生まれてくるものですよ。

あとはこちらから歩み寄ることではないですか? 向こうからは話しかけづらいと思うので、何でもいいから話題を提供してあげれば、普通に会話できますよ。僕はいつもそうしています。

©2023映画『春に散る』製作委員会

芸の道の始まりは、渥美清さんがきっかけ

鶴太郎さんのキャリアについてお伺いします。もともとは俳優志望だったというのは本当ですか?

鶴太郎
僕がこの世界に憧れるきっかけとなったのは渥美清さんです。渥美さんは『男はつらいよ』シリーズの寅次郎のイメージが強いのですが、他にも棟方志功(画家)の役など演じていたんです。喜劇もシリアスな役もできる、そういう役者に憧れました。渥美さんが僕の原点です。

あと寄席も好きで、漫才や落語も好きだったし、モノマネも好きで子供の頃は学校でモノマネをやったりしていました。だからこの世界に入るには、まずは芸人からスタートしようと思ったんです。

どういう経緯で芸能界に入ったのでしょうか?

鶴太郎
僕はバイトしながら芸の道を目指すのではなく、24時間芸のことを考えていたかったので弟子入りを希望していました。最初は清川虹子さん(喜劇女優)に弟子入りしようと思ったけど断られ、次に松村達雄さん(俳優)のところに弟子入りをお願いしに行ったら「弟子は取らない」と言われて。で、片岡鶴八(声帯模写芸人)のところでやっと弟子入りが叶いました。

弟子の日々は毎日楽しかったですね。ずっと演芸の世界にいられるわけですから、これで集中して学べると思いました。

そうやって師匠の元で学ばれて、片岡鶴太郎さんとしてバラエティで活躍されるようになりますが、当時はバラエティタレントのイメージが強かったと思います。役者の道も模索していたのですか?

鶴太郎
機会があれば役者もやりたいと思っていましたが、お笑いが大好きですから、バラエティの仕事も楽しかったんです。そのうち『オレたちひょうきん族』(1981~1989/フジテレビ)『森田一義アワー 笑っていいとも!』(1984~2014/フジテレビ)に出演したことをきっかけに皆さんに顔を覚えてもらえるようになり、ドラマ『男女7人夏物語』(1986/TBS)の依頼が来ました。

チャンス到来ですね。

鶴太郎
このドラマでは、真面目で仕事もできるけど、周囲から三枚目扱いされて、ちょっといじけたような男・大沢貞九郎を演じました。シリアスな芝居もけっこうあり、手応えはありました。でも貞九郎のイメージが相当強かったようで、この後にいただく俳優の仕事も貞九郎に似たような役が多かったんです。このまま同じようなタイプの役を受けても、そのうち飽きられてしまう。本格的に芝居をするのなら一度、バラエティの鶴太郎の顔をリセットしようと思いました。それでずっとやりたかったボクシングのライセンスに挑戦しようと秘密練習をスタートしたんです。

ボクシングへの挑戦が自分を変えた

そこからボクシングが始まったのですね。

鶴太郎
当時32歳でした。プロテストの前日にメディアの皆さんに向けて「ボクシングのプロテストを受けるためにトレーニングしていました」と発表したんです。そしたらテレビ局などが、プロテストを生中継してくれて。もう世界戦みたいでしたよ(笑)。ボクシングのおかげでポチャっとした体が絞られてシリアスな役もできる顔と体を手に入れたんです。

かっこいい。ボクシングが役者の幅を広げる力にもなったんですね。

鶴太郎
僕はやると決めたら最後までやり抜かないと気がすまないタイプなんです。せっかくボクシングやっているのに、ずっと練習生で趣味としてやっていても面白くないですから。やるならライセンスを取りたいと強く思いながら練習していました。

鶴太郎さんのキャリアでバラエティでの活躍は大きいと思いますが、たくさんの芸人さんと共演してきたバラエティの仕事で役者の力になったことはありますか?

鶴太郎
バラエティはアドリブが多く、共演者とのやりとりなど瞬時に返さなければいといけないので鍛えられました。俳優には台本があるけれど、ただセリフを言えばいいわけではない。やはり人間同士の会話だから動きも含めてリアルに伝えないといけないので、お笑いで学んだアドリブや瞬発力は本当に力になりました。

予定調和じゃない、その瞬間に生まれる芝居の力はバラエティで培われましたし、お笑いに限らず、経験したことで無駄はひとつもないです。

心の声が、自分の人生を動かしている

鶴太郎さんは、画家、書家、ヨガなど様々な活動をされていますが、次々と挑戦してゆくエネルギーの源はなんでしょう?

鶴太郎
自分の魂の奥底にある何かが僕に語りかけるんです。僕自身が好奇心から始めたのではなく、絵画もヨガもすべて心の声に従って始めたものです。絵も勉強したことがないし、何もかもゼロからですが、そういう声が聞こえたということは、やるべきなのだろうと思いました。

絵画の場合は道具を揃えると「よく着手したな」とギフトが授けられるんです。だから絵も書も、僕に師匠はいません。全部自分ひとりで始めました。どこか瞑想状態でやっている感じなんです。

瞑想状態ですか。

鶴太郎
絵は動的な瞑想、ヨガは静止した瞑想状態です。絵は色を選んでキャンバスに描いているときはとても気持ちがいい。いい精神状態である証拠です。

鶴太郎さんは心の声に従って、すぐに行動に移すことができるのですね。読者は鶴太郎さんと同じ世代なのですが、やりたいことがあっても、最初の一歩が踏み出せないようです。そういう方にアドバイスをするとしたら、どのような言葉をかけますか?

鶴太郎
やりたいことがあるのなら、すぐに始めることです。やらない言い訳を作ってはいけない。「これやったらカミさんに怒られるかな」とか「年甲斐もなく……と思われるかな」とか、そういうことを考えてしまう人がいますが、それは初めてのことが怖いから、自分に言い訳しているだけなのではないでしょうか。言い訳はしない。やりたいと思ったら素直に始めればいいのです。

自分の人生ですから、周囲の人にどう見られるかなんて関係ないですよ。結局、やらないままチャンスを逃して「君たちに反対されると思って、やりたかったけどやらなかった」なんて言われたら、家族はたまったもんじゃないですから。家族も周囲の目も関係なし。やりたい気持ちに素直に従ってください。

80歳、90歳になっても現役で活躍したい

鶴太郎さんは今後、芸能界の仕事で挑戦したいことはありますか?

鶴太郎
80歳、90歳になってもずっと現役バリバリの役者でいたいですね。だから頭をクリアーにして、ちゃんとセリフを覚えて撮影に臨めるように自分を整えておきたいです。

役については、何でもやってきたけど、棟方志功宗を演じて以来、画家の役はやってないので、芸術家の役を演じてみたいですね。

最後に映画『春に散る』は、目標を定めてもう一度挑戦する姿や若い人と共存しながら前に進む姿が、シニア世代に響く映画だと思いました。鶴太郎さんからシニア世代にメッセージをいただきたいです。

鶴太郎
佐藤浩市さん、哀川翔さん、私、ともに昭和世代ですから、どこか昭和の香りがする映画です。往年の人気ボクサー、白井義男さん、大場政夫さん、具志堅用高さんなどに熱狂した世代の方も楽しめる映画だと思います。

現役を退いて「さて何をしようか」と考えている方は、仁一やサセケンの心情が理解できるのではないでしょうか。この映画が皆さんのやる気を奮い立たせ、刺激になってくれたらと思います。

インタビューを終えて
取材の衣装はご自身がコーディネートした私服で、ファッションにもこだわりがあり、美意識が高くセンスがいい鶴太郎さん。俳優業だけでなく、いろいろなことに挑戦している鶴太郎さんのキャリアの変遷は興味深く、『春に散る』のサセケン役は鶴太郎さんでないと演じられない役だと改めて思いました。

映画『春に散る』

映画『春に散る』ポスター

公開日
2023年8月25日公開

スタッフ・キャスト
監督:瀬々敬之
出演:佐藤浩市 横浜流星
橋本環奈 / 坂東龍汰 松浦慎一郎 尚玄 奥野瑛太 坂井真紀 小澤征悦 / 片岡鶴太郎 哀川翔
窪田正孝 山口智子

映画『春に散る』公式サイト
https://gaga.ne.jp/harunichiru/

©2023映画『春に散る』製作委員会

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取材・文=斎藤 香
写真=納谷 陽平

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