かっこよい人

たけちゃんは大阪の案内人
「おもろい大阪を紹介したいねん」

大阪生まれの大阪育ちのたけちゃんこと奥村武資さんは大阪観光プロガイドである。たけちゃんが案内するディープでおもろい大阪は、大阪に住んでいる人でも思わず「へ~」「ほ~」という声がでてしまう。お馴染みの道頓堀やグリコの看板もたけちゃんの手にかかれば、「それは気が付かなかった」「おもしろいなあ」という話が聞ける。55歳でサラリーマンを早期退職し、おもろい大阪をもっといろんな人に知ってもらいたいと始めた大阪のまち案内人稼業。ゼロからスタートしたたけちゃんが、大阪案内をしたお客さんの数は延べ8,000人を超えた。街歩きの達人、奥村武資さんに話を伺った。

奥村武資(愛称:たけちゃん)
大阪観光プロガイド。
1959年生まれ。東大阪市の昆布屋に生まれ、昆布の匂いに包まれて育つ。大手のマスコミ関連会社で約25年間勤め、55歳で早期退職。旅行会社の請負ツアーガイドを経て、個人で企画した大阪のおもろいを約1時間でガイドする「たけちゃんの大阪へーほーツアー~おおさか散歩」を始める。これまでに案内した数は延べ8,000人を超える。「voicy大阪ヘぇ~ほぉ~ch 」「FMHOパーソナリティ」も務めている。
目次

昆布の匂いと昆布を切る音を聞いて育つ

たけちゃんが生まれたのは、東大阪の布施駅すぐのところにあった昆布屋だ。たけちゃんの子どもの頃は、駅が地上(現在は2階層の高架)にあった。踏切がひとつしかないのに線路がたくさんあり、いわゆる開かずの踏切だった。踏切が締まる音と電車の音、家業の昆布を切ったり、叩いたりする音が日常だったという。いつもを昆布を炊く醤油の”ええ匂い”に包まれて育った。

たけちゃん
祖父が昆布屋をしていたので昆布を切る音や昆布を叩く音がずっと流れていて、電車の「ぷあーん」という発信音が聞こえてくるんです。それが子どもの頃の音色でした。子どもの頃に育った布施は、大阪そのものでした。

下町情緒たっぷりの布施駅界隈で過ごした子ども時代の記憶は、原風景としてずっと脳裏に焼き付き、大阪案内をするときの原点となっている。
しゃべることが好きだったたけちゃんは、大阪芸術大学の放送学部に進み、しゃべる仕事か落語家になれればいいと漠然と思っていたそうだが、卒業後に就職したのは、大手のマスコミ関連会社だった。そこで就いた仕事は総務や事務系の縁の下の力持ち的な役割だった。

たけちゃん
サラリーマンとして働いている間も、もっと人としゃべる仕事がしたい。いろんな人に会えることがしたいと思い続けていました。ただ社員旅行のツアーを組んだり、イベントがあるときは司会をしたりするのは率先してやっていました。

50歳から第二の人生の種まきを始める

転機が訪れたのは、50歳の時である。60歳まで務めあげて定年を迎えるつもりだったたけちゃんだが、会社から55歳になると嘱託となり、給料が三分の一になることを知らされた。自由な時間は増えるし、会社員としての肩書も残るが、新しいことを始めるには、60歳になってからより、55歳の方が可能性が多い。それなら、55歳で会社を辞めて自分の好きなことをやりたい。そう決意したたけちゃんは、このときから第二の人生への種まきを開始し始める。

たけちゃん
女房は定年まで働いて欲しかったみたいですけど、なんとかするからと説得しました。このとき、まだおぼろげですが会社を辞めたら大阪のガイドをしようという気持ちになっていました。

元々旅行に行くのが好きで、夫婦でよく日本国中を回っていたそうだ。下調べもせずに見知らぬ土地に行くのが好きだったという。

たけちゃん
観光案内所にボランティアガイドの方に半日ガイドをお願いしたりしてたんです。どこの観光案内も歴史の紹介ばっかりで、退屈で。ことごとく面白くなかったんですよ。知らない土地でいきなり歴史を語られても興味を持てなくてね。このときの経験が大阪でおもろいガイドをしたいというきっかけになりました。

もっとお客さんが喜んでくれる、今までにないおもろいガイドをしたいという思いがずっとあったたけちゃんは、会社員勤めの傍ら、国内添乗員資格と国内旅行業取扱管理資格を取得した。

たけちゃん
資格を取ってからは、土日に旅行会社からの仕事を請け負って添乗員を始めました。主に社員旅行や修学旅行の団体さんの大阪ガイドをしました。それを続けながら、53歳の時に土日だけ個人で大阪の街歩きのガイドを始めました。

トレードマークとなった「たけちゃんの大阪散歩」という旗と名札、帽子を作った。めざしたのは「大阪はおもろい」をキーワードにした大阪案内だ。最初の企画は造幣局の桜の通り抜け(※1)と付近を散歩するツアーだ。通り抜けの間は桜をめでてもらい、その後に天満橋や船着場・八軒家浜(※2)を歩いてめぐるという約1時間のツアーだ。HPとフェイスブックで募集をかけたところ、2名の申し込みがあった。

たけちゃん
嬉しいことに最初のツアーに参加してくれた方に『何回も造幣局の桜の通り抜けに行ったけど、たけちゃんの案内やったらおもしろい』て言うてもらいました。

※1)桜の通り抜け:毎年4月中旬頃に7日間限定で、造幣局敷地内の桜が一般公開される。560mの区間に134種338本の桜が植えられており、珍しい品種も多い。
※2)八軒家浜:江戸時代に京と大坂を結ぶ三十石舟の発着場として栄えた場所。八軒の船宿があったことから八軒家浜と呼ばれるようになった。

たけちゃん
岸和田のだんじり祭りのツアーもしました。祭りは知っていてもどうやって見学したらいいか分からない人がけっこう多いんです。嫁の実家が岸和田で、家の前をだんじりが通るんです。実家の前にある駐車場を借りて祭りを見学してもらいました。

知人の家に招待されたかのような祭り見学は、大好評だった。ただ、このときの案内料は800円と激安設定。儲かるわけがない。旅行会社の添乗員の仕事は少しはお金になってはいたが、当時貰っていた給料には届かない。しかし、楽しい。どうにかなるさ。

早期退職し、大阪観光プロガイド・になる

50歳の時に決めた通り、55歳で早期退職したたけちゃんは、いよいよ本格的に活動を開始した。たけちゃんのガイドは、1時間でおもろい大阪をとことん紹介する。歴史を語ることはしないが、「へー」「ほー」と驚かされることがたっぷり詰まっている。そのためには日々、街を歩き、夜は居酒屋に足を運んでは情報収集していた。普通の人が素通りしてしまうようなところを見逃さない。

たけちゃん
『あんたのガイドはお客さんがへー、ほーと言わはるねえ』とアドバイスしてくれたのがきっかけで、ツアーの名前を「たけちゃんと大阪散歩」という名前から「たけちゃんの大阪へ~ほ~ツアー」に変えました。

たけちゃんの解説は、後で話のネタになることが多い。例えばこんな具合である。

たけちゃん「戎橋の欄干の柄を知ってますか?」
お客さん 「欄干の柄?気にしてみてないなあ」
たけちゃん「お好み焼きのコテ!」
お客さん「へ~」

たけちゃん「道頓堀のグリコサインの点灯時間は何時?」
お客さん「暗くなってからと違うか?」
たけちゃん「日没の30分後に点灯するんですよ。だから毎日違う時間になるんです」
お客さん「ほー、なんでや?」

戎橋の欄干はコテがずらりと並んでいるのだが、普通に通ればなかなか気が付かない。道頓堀グリコサインの点灯時間は、2014年に採用したLED点灯を楽しんでもらうために点灯時刻を日没30分後に変更したそうだ。帰ってつい誰かに話したくなりませんか?

出会いで生まれた東京オリンピックの聖火ランナー

もっと人としゃべる仕事がしたい。いろんな人に会えることがしたいと思い続けてきたたけちゃん。街案内をすることで、どちらも叶った。お客さんも徐々に増えてきた。またたけちゃんに会いたいと、参加してくれるリピーターも多い。お客さんとの出会いがきっかけとなり、思いもかけない話が舞い込んできた。

たけちゃん
ツアー客の女性が、2020年の東京オリンピックの聖火リレーランナーになってくれへん?て言うてくれたんです。

その女性は年に1、2回、いつも1人で参加してくれていた女性である。基本的にたけちゃんは、参加者の職業は聞かない。その人がどんなところに勤めているのかも知らなかったのだが、ある日、その女性からメールが来た。大阪を良く知っているということで走ってもらえませんかという打診だった。実は、その女性は東京2020オリンピック聖火リレーサポーティングパートナーである日本航空の社員だった。
大阪に詳しいたけちゃんに白羽の矢が立ったのだ。まさかそんな声がかかるとは思ってもいないが、一生に一度あるかないかの機会である。高校の時以来、走ったことがなかったが、引き受けた。無事、聖火ランナーとして200mを駆け抜け、無事バトンを手渡した。

たけちゃん
当日、すごい人が来ていてびっくりしました。私がバトンを渡す方が有名なスポーツ選手だったんで、プロのカメラマンも来ていたんです。その方が知っている方だったんで、写真もついでに撮ってもらえました。

おもろい大阪をもっともっと伝えたい

案内するコースは定番の『なんば道頓堀へーほーツアー』『新世界ツアー』『大阪駅ツアー』などなど約25コースに増えた。すごく儲かるわけではないが、だんだん軌道に乗ってきた矢先、コロナ禍がやってきた。

たけちゃん
正直、コロナ禍の間はほんまにめげましたが、ラジオが救ってくれました。

会員登録者数200万人の日本最大級の音声プラットフォームVoicy(※3)のラジオパーソナリティーの応募通過率5%の審査を経て選ばれたのだ。Voicyで配信している企業家、コメンテイター、お笑いタレント、モデル等も多い。

2020年6月にスタートした「たけちゃんの大阪へぇ~ほぉ~ch(大阪観光プロガイド)」(レギュラー放送:月,火,水,木,金,土,日 19:30~)は、365日休まず配信を続け、現時点(2023年12月末時点)で1600回を超えた。
大阪の楽しい話や今までの経験からくる笑える話など「オモロい」をキーワードに配信している。ゲストインタビューもある。アートディレクターに、佐賀の包丁職人、占い師に転職した元大手銀行員など、実に多様であるが、ほとんどのゲストがガイドで繋がった方だという。

※3)Voicy:日本最大の音声配信メディア。厳選されたコンテンツを”ながら聴き”できる音声の総合プラットフォーム。.応募通過率5%の審査を経たパーソナリティの声を中心に、メディアによるニュースや企業の人柄までも伝わるオウンドメディアなど、あらゆる音声放送が楽しめる。

たけちゃん
話のネタのストックはなんぼでもあります。

たけちゃんは、みんなが知っている大阪、知らない大阪をミックスして案内することで、「おもろい大阪」を多くの人に知ってもらいたいといつも願っている。案内するときにメモや紙を持たない。とにかくどんなことにも好奇心が旺盛のたけちゃんは、自分のやりたいことを止めない、あきらめない。自分で自分を止めたらあかんと思っているとたけちゃん。その時に役に立たないと思っても未練たらしく残しておく。後で活かせるときがくる。ずっとそうして生きてきたような気がすると

見知らぬ人と出会い、別れ、再会し、笑い合う。 ぜひ、たけちゃんに会いに大阪へ足を運んで見てほしい。きっと、「へー」「ほー」と声が出るはずだ。

大阪観光プロガイド たけちゃん情報

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取材・文=湯川真理子

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