映画『敵』で自分自身をスクリーンで表現した長塚京三さん、「俳優の仕事は冒険旅行」と語る俳優人生50年
筒井康隆原作小説の映画化作品『敵』に主演している長塚京三さん。東京国際映画祭では作品賞、監督賞(吉田大八)に加え、長塚さんは主演男優賞を受賞しました。フランス映画でデビューしてから、俳優人生50年。長年、俳優として活躍してきた長塚さんに『敵』の撮影の裏側とキャリア、そして私生活についてもお話を聞きました。
- 長塚京三(ながつかきょうぞう)
1945年生まれ。東京都出身。
1945年、フランス映画『パリの中国人』で俳優デビュー。フランス留学後、本格的に俳優として活躍。1992年『ザ・中学教師』で第47回毎日映画コンクール主演男優賞、第7回高崎映画祭主演男優賞を受賞。そのほかの主な出演作『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』(1997/第21回日本アカデミー賞優秀主演男優賞受賞)『笑う蛙』(2002/第24回ヨコハマ映画祭主演男優賞受賞)NHK大河ドラマ『篤姫』(2002)ほか。近作は『お終活 再春!人生ラプソディ』(2024)
主人公と共通点が多いので自分自身を表現した
映画『敵』は筒井康隆さんの同名小説の映画化作品。『桐島、部活やめるってよ』『紙の月』などの吉田大八監督が手掛けました。
77歳の元大学教授の渡辺儀助(長塚京三)は妻に先立たれ、ひとり暮らし。やがてくるお迎えの日を頭に置きつつ、日常を慈しみながら丁寧に暮らしてます。そんな彼の元に「敵がやってくる」という不穏なメッセージが……。
主人公の日常を揺るがす“敵”とは。現実が非現実に飲み込まれ、ギリギリ理性を保ちながらも混乱する儀助を長塚さんが演じています。まず、この映画への出演を決めた理由についてお話を聞きました。
主人公の元大学教授・渡辺儀助役は長塚さんしか演じられないというほどビッタリでした。この映画の出演依頼を引き受けた決め手について教えてください。
長塚京三さん(以下、長塚)
主人公・渡辺儀助の人物設定が僕に実に近いと感じたことがひとつ。もうひとつは、吉田監督が映画化を熱望して長年温めていた企画で、わざわざ私のところまで監督が来て出演依頼をしてくださったことも大きいです。その後、脚本をじっくり読ませていただき、出演をお引き受けすることにしました。
主人公の儀助さんがご自身に似ていると感じたそうですが、渡辺儀助のキャラクターはどう解釈されましたか?
長塚
儀助は77歳、僕は79歳。実年齢が重なりますし、儀助はフランス文学の元教授。僕もフランスで学生生活を送っており、プロフィールの共通点が多いんです。だから役作りをするよりも、説得力を出すために僕の話し方など、自分自身を表現しようと思いました。儀助と自分を重ね合わせて演じましたね。
役とご自身の共通点が多かったんですね。
長塚
僕は教師ではなかったけれど、教師と生徒の関係性はわかりますから。例えば、儀助はバーでフランス文学を専攻する大学生・菅井歩美(河合優実)に出会います。彼女は儀助に対してある相談事をするのですが、それに対する儀助の対応は想定できる。僕でもそういう風に対応するだろうと思いました。
また編集者から原稿を依頼されるくだり、元教子との関係など、彼はいいステイタスを維持し、余裕があり、満足できる暮らしをしていると感じましたし、そんな儀助のことをとても理解できました。
いつもの自分を映画で見るのは新鮮でした
儀助はとても丁寧な暮らしをしていますよね。部屋も綺麗ですし、自炊をして、衣食住を大切にしています。儀助のそういう几帳面さについては、長塚さんの目にはどのように映りましたか?
長塚
儀助はひとり暮らしを丁寧に営みつつ、老いてきたこともあり、お迎えが来る前にやっておくべきことをきちんとやろうとする几帳面な人です。ただ本人の思い込みも強いので、几帳面さが仇をなるとも思いました。まあ、そこが彼の魅力であり、欠点でもあるんでしょうね
長塚さんはほとんどのシーンに出ており、まさに出ずっぱりで大変だったと思うのですが、撮影中、体調管理で気をつけていたことは?
長塚
特にないですね。撮影期間はとにかく撮影だけの日々でした。朝起きて、支度して撮影に行き、終わったら食事をして風呂に入って早く寝る。規則正しい生活を心がけ、やりたいことがあっても撮影が終わったらやればいいと考えて。やはり自分をうまくコントロールしないと乗り切れないので、律していました。
吉田大八監督とは、CM撮影で仕事をして以来のタッグだったようですが、吉田組でのお仕事はいかがでしたか?
長塚
吉田監督自身が執筆した脚本だったので、実にスムーズでした。僕は、とにかく「よくぞここまで」というくらい自由に演じさせていただきました。脚本が素晴らしかったので、演じていて不安もないし、怖いものはないという感じでしたね。
完成した映画を見た感想は?
長塚
儀助を自分のままに演じたので、言動は普段の僕です。だから観る前は「普段の自分を見ても面白いのだろうか」と思ったのですが、映画を見たら逆に新鮮でした。スクリーンを見ながら新しい気持ちになれたというか……。自分の顔、声、姿が鼻につくことなく観ることができたので、自分のままというのもいいなと思いました。僕は儀助で、儀助は僕でしたね(笑)
俳優の仕事は、冒険旅行へ旅立つようなもの
キャリアについてお話を聞きたいです。長塚さんのデビュー作はフランス映画『パリの中国人』(1974)で、そこから多くの映画やドラマに出演されてきました。2023年は俳優人生50周年。最初はそれほど役者業に貪欲ではなかったそうですが、ここまで続けてこられたのは、やはり芝居の魅力でしょうか?
長塚
俳優の仕事は、ある種の冒険旅行のようなものなんです。自分じゃない人物の人生を生きる楽しさですかね。別に自分が嫌いなわけじゃないのですが、自分のことはちょっとつまらない奴だなと思うので(笑)。
人から見て興味を持たれたり、感情を揺るがしたり、そんな個性的で面白い人物の人生にトライできるのが俳優の仕事。これがなかなか面白いことなんですよ。心のどこかで少し罪深さも感じてはいるのですが、やはり他者を演じることは面白いし、楽しい。その楽しさが、50年間、僕を刺激し、演じさせてきたのでしょうね。
これまでのキャリアで、これは俳優にとってターニングポイントだと思った作品や出来事、出会いはありますか?
長塚
それは運に左右されるものですね。僕が「この役を演じることができてよかった」と思う作品を観てくださった方が「これは面白い!」「彼はいい俳優だ。出演作をまた観たい」と、思っていただけたら、それは僕に運が向いているということ。それをありがたく享受して、次から次へと仕事を続けていた時期はありました。
いまはペースを落として仕事を選んでいるのでしょうか?
長塚
この業界は若い人の世界だからね。もう僕なんか面倒くさいと思われちゃうんじゃないかな(笑)。それは冗談だけど、やればできるとは思いますが、自然の流れに任せています。積極的にという感じではないかな。若い監督、俳優、クリエイターの皆さんに頑張ってもらい、もっともっといい映画を作っていただきたいですね。
人生は1回きり。身近な楽しみから旅行まで楽しんで
最近は映画館で映画をご覧になったりしますか?
長塚
最近は映画館へ行っていないですね。あまり観ないんですよ。若い頃はたくさん観ていましたよ。僕は西部劇が好きなんです。でも現代では西部劇はあまり作られていないし、いま西部劇のスピリットを感じる作品を作るのは難しいのではないかと思っています。
プライベートはいかがですか? いま楽しみにしていることなどはありますか?
長塚
犬と遊ぶことくらいかな。僕は2年前に運転免許を返納したのでもう車にも乗っていないんです。だから犬の散歩が日々の楽しみですね。軽井沢に別荘があるので、仕事のないときは別荘で犬と遊びながら過ごしたりしています。
キネヅカの読者は長塚さんと同世代の方が多いのですが、みなさんお仕事を引退して、これからの人生をどう過ごそうかと、楽しみを探している人が多いんです。そんな人に長塚さんからメッセージを送るとしたら、どのような言葉をかけますか?
長塚
例えば昔やりたかったけど、仕事が忙しくてできなかったことがあるんじゃないでしょうか? そういうことにトライするのもいいのでは? 僕は読書が好きなのですが、仕事が忙しいと「ここまでにしておこう」とストップしてしまうことがありました。でもいまは時間を気にせず読書に没頭できます。
確かに、読書に時間をかけるのもいいですね。
長塚
今の時代、できるだけお金をかけずに楽しむ方法がいいと思いつつ、人生は1回きりだし、まだ人生は続くので、たまには少し贅沢をして旅行をするのもいいですね。僕だったら犬を連れて行けるホテルや温泉に行きたいですよ。
同世代の友人たちも仕事は引退して、旅行行ったり、カラオケ行ったり楽しんでいます。この歳になっても仕事があるのはうらやましいと言われますけど、余暇の過ごし方については僕もあまりアイデアがないので、ぜひみなさんから教えていただきたい(笑)。映画『敵』の感想も伺いたいですね。