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61歳でオープンし15周年を迎えたバー【CALM BACCHUS】店主・三宅輝治さん「ここは皆の集まり場所」

目黒区中目黒と祐天寺の中程に位置する「CALM BACCHUS」は、現在76歳の店主・三宅輝治さんが一人で切り盛りするバー。その人柄に惹かれ、夜な夜な大人たちが集うこの場所は、三宅さんが61歳の時にオープン、2022年で15周年を迎えた。「僕は何も努力はしていない」と言う三宅さんだが、その裏にはもちろん全力を注いだ日々がある。そんな「CALM BACCHUS」のスタートからこれまでのこと、そして現在の思いを聞くと、運と人に恵まれた三宅さんの人生が見えてきた。

三宅輝治
1945年、岡山県生まれ。19歳で京都の呉服問屋に就職。26歳で世田谷区の呉服屋に就職し、小売について学んだ後、35歳の年に目黒区大橋で独立。1995年、サイドビジネスとして雀荘の経営をスタート。2005年に呉服屋と雀荘を閉店。2007年、61歳の時にバー「CALM BACCHUS」をオープンし、2022年で15周年を迎えた。
目次

61歳でバーをオープンした経緯

三宅さんはCALM BACCHUSをオープンする前は呉服屋だったそうですが、なぜ全く異なる業種でもあるバーを始めたのでしょうか?

三宅
呉服屋が斜陽だったから。商売って売上がさざなみのようになるのが普通ですけど、ある時期からボンッと上がったりドンッと凹んだり、もう波がおかしくなっていたので、僕はまず呉服屋と並行しながら雀荘を始めたんですよ。約10年やりましたけど、呉服屋と雀荘、どっち付かずな状態も何だかなと、どちらも辞めて田舎へ帰ろうと思っていたら、ちょうどこの場所が空いて。芸能界で活躍している友達二人に「ここで店をやろうと思うんだけど」と話してみたら、「応援するからオヤジやりなよ」と言ってくれたので、それをきっかけに始めたんです。2007年、61歳の時にオープンしました。

ちなみに、三宅さんは芸能関係の方々との交流が多いですが、なぜなんでしょう?

三宅
僕がやっていた雀荘に遊びに来てくださっていたの。だから、元々はお客さんとして知り合ったんですよ。ここは呉服屋の時からの繋がり、雀荘からの繋がり、それと世田谷にコミュニティーがありましたから、そういう人たち皆が助けてくれました。僕はここへ来た時、何もわからなかったですから。

それにしても、飲食業を突然始めるというのは大変ではなかったですか?

三宅
もちろん大変でしたけど、生活ができないからやるしかないですよね。それと、僕はあまりお金を持っていなかったんですけど、友達がポンッと貸してくれたんですよ。「お前がいなくなると寂しいから、これを使って店をやってくれ」と突然、手提げ袋で渡されて。

そんなことってあるんですか…!?

三宅
僕も不思議ですよ…! 「本当かいな!?」と思って自分の頬をつねりましたもん(笑)。夢みたいな話。それで、自分の持ち金と一緒にこの店を始めました。手伝おうとしてくれる友達もいたんですけど、僕は自分の思うようにやりたいタイプなので、お断りして一人で。でも、ここは本当に応援団の人たちのお陰で成り立ちました。特に最初に話した友達が全力で応援してくれたのが大きくて。最初の1年半、毎日来てくれましたから。それで僕を支えてくれた。もちろん今も来てくれますけどね。ちょうど先日15周年を迎えたので、お礼に行ってきたんですよ。

15周年おめでとうございます!

三宅
ありがとうございます。お店を始めるきっかけになった友人たちにお礼をして、少し気持ちがスッキリしました。


漫画で勉強したお酒のこと、目が覚めた言葉

CALM BACCHUSという店名はどのように決めたのでしょうか?

三宅
高島暦のお偉い方が付けてくれたんですけど、穏やかな(CALM)酒の神様(BACCHUS)という意味です。

この15年間、一番大変だったのはどの時期ですか?

三宅
やっぱり最初です。実は僕はビールと焼酎をちょっと飲めるくらいで、お酒のことなんて全然知らなかったんですよ。『BARレモン・ハート』(古谷三敏)という漫画で、お酒の種類やお客さんとの接し方を勉強しました。例えば、同じシャンパンでもお祝いの時はピンクのシャンパンを出したほうが喜ばれるんだなとか、全部『BARレモン・ハート』で知ったの。

三宅さんが漫画から学んでいたとはビックリです。

三宅
オープンしてすぐ昔からの繋がりの人たちが来てくれて、最初からお客さんが入ったもんだから、この近所の飲み屋さんの方々が朝5時にダーッと来て、あーだこーだと皆から突かれて、あの時はもうどうしていいかわからなかった…。

それは怖いですね…。

三宅
その時、あるバーの方が何か食べるものを作ってくれと言うので、簡単に料理を作って「僕、やり始めたばかりの素人で。お気に召すかわかりませんが」と出したら、「お前、お金取るんだろ? 素人っていう言葉を使うのか? 俺に何を言ってもらいたいんだ?」と言われて。それで僕は目が覚めたんです。それまでは自分が作ったものでお金をもらったことがなかったから、「もらっていいのかな」という感覚だったんですよね。あの出来事は僕にとって大きなきっかけになって、本気になって「よし、もう素人という言葉は使っちゃいけない。とにかく勉強しなきゃいけない。酒を覚えなきゃいけない」と思いました。それで一生懸命、酒を覚えていったんです。

そのバーの方とは今も交流はあるんですか?

三宅
ありますよ。本当に感謝しています。オヤジさんは何気なく言ったことかもしれないけど、僕にとっては殴られたような気持ちでした。「あの言葉がなかったら、今の僕はないかもしれない」と、いつも話していますね。

その後、これでやっていけそうだなという確信みたいなものは生まれましたか?

三宅
いや、とにかく一日一日、一生懸命やっていれば、誰かが救ってくれるという気持ちで、今もずっと一緒です。だって61歳から始めたんですもん。一日一日の積み重ねで今日があります。だから今日で満足とか、軌道に乗ったとかいうのはないです。日々「あぁ、今日も一日なんとかできた。飯も食べられた」という感じでずっと来ましたよ。やったことがない商売というのは大変です。でも10年経った頃にやっと、呉服屋と飲み屋は、商品は違うけど商売の仕方というのは同じだなと気が付きました。酒の業界は各お店で値段が違うので、自分が勉強していないと、言われるままの値段になっちゃうんですよ。だから、最初のうちは方々の酒屋へ仕入れに歩きましたね。


ここは皆の集まり場所

ところで、電車がない深夜帯まで営業するというスタイルは最初からですか?

三宅
ダンサーの人たちが応援してくれたから、最初の頃は朝6時までやっていたんですよ。オープンは今より少し遅い20時で。というのも当時、ダンサーの人たちは3時がピークで、朝5時を過ぎると電車で帰るんです。だから、お店は23時頃と深夜3時頃に混むという感じでした。もう割り切ってやっていましたね。夕方まで寝てればいいので。でも、そのスタイルで5年くらい続けたら体を壊しちゃって、そこから今の時間(19時~26時)に切り替えたんです。

現在の三宅さんは、どんな生活リズムですか?

三宅
帰宅するのが遅くて4時前後。それから寝て、お昼頃に起きて準備して、夕方16時頃に家を出て、お店の掃除をしたりして営業というサイクルですね。よく皆さんから「深夜営業で大変ですね」と言われるんですけど、普通の人と時計がズレているだけなので、あまり気にしてないです。

CALM BACCHUSは決まった食事メニューはないものの、お料理も出してくださいますよね。

三宅
ここは駅から離れているから、1軒目で初めて来るお客さんはいないんですよ。「腹空いたから何か作ってくれよ」と言うリクエストから、その人に合わせたものを作ってあげていて。乾き物だけじゃなくて、何か温かいものを出してあげようという気持ちで始めました。メニューを決めちゃうと、毎日仕入れるのが大変じゃないですか。だから、その日にあるもので「これなら作れるけど、いい?」というやり方です。

そんなお店もなかなか珍しいんじゃないかなと思います。

三宅
僕、ここはバーだと思ってないんですよ。ここは、皆の集まり場所。バーとかカッコつけないで、皆で集まって楽しくやれればいいんじゃないかなと。だから、例えばお客さんの中に同じ業種の人がいたら、「あの人、あなたと同じ業種だけど、話してみたい?」と声を掛けてみて、「話してみたい」と言われたら隣に座らせてあげたり、「いいえ」と言われれば知らん顔しておいたり。そうやってグループが5組くらい作れたんですよ。そうなると、女性でも男性でも「あの人がいるから、また来よう」と、一人でも来られるようになるんですよね。そういうことは意識して接客してきました。

コロナ禍はどうされていたんですか?

三宅
丸2年、ほぼ休業していました。協力金をいただいたので、余計なことをせずにじっとしているほうが人に迷惑をかけないですから。今年3月に再開できるようになって、動き出したらちょっと体調を崩しましたね。緩んでしまったリズムを急に戻すことになったので、調子がおかしくなっちゃって。20日間くらい入院して、やっと今、快復しました。再開できて有り難いというのと同時に、年寄りが急に働くのは大変だなと思いましたね。若い人みたいにパッと切り替えができないです。本当にやっと最近、馴染み始めました。考えてみたら今年11月で77歳、もう80歳がすぐそこだからね。


遊びをやり尽くした過去を経て、76歳の今感じる幸せ

三宅さんがやりがいを感じるのはどんな時ですか?

三宅
やりがいというか、やるしかないからね(笑)。ただ今回みたいに、ジッとしているのは老人にとっては一番ダメなんだと思いました。やっぱり動いたり人と会っていないと、ボケたりするんだなと。老人になればなるほど、動いているほうがリズムに乗っていけるんだなと感じましたね。ポンコツの車のエンジンを切ったら、そのまま掛からなくなったというのと一緒(笑)。

(笑)。三宅さんの60代はCALM BACCHUS一色だったんですね。

三宅
本当にそう。友達から借りたお金を返さなきゃいけなかったので、遊びは全部やめて、店に集中しました。でも、その借金があったから頑張れたところもあるんですよ。オープンから4年で完済して、「あー、よかった」と思いました。もう完全にここは僕のものだと思った時は、ちょっと気が緩みましたね(笑)。

そうだったんですね。

三宅
呉服屋の頃を思えば1年で返せると思っていたんですけど、この商売になってみたら単価が低いから、毎月10万円を返していくのって大変なんだということがわかりましたよ。単価が違う商売って、下から上にいくのはいいんですけど、上から下にいくというのは辛いですね。この商売は何千円、何百円の商売ですから、その積み重ねで10万円というお金を作るのは大変だなと初めて知りました。昔はちょっと贅沢し過ぎていたから。

改めて振り返って、三宅さんにとっての60代はどんな10年間でしたか?

三宅
一生懸命、初めて仕事をしたかな(笑)。

熱くなれるものがあるというのが、若くいられる秘訣かもしれないですね。

三宅
どうなんでしょうね。生意気ですけど、遊びという遊びは全部やり尽くしたから、欲というものがなくなったんです。だから今の商売ができたというのもあると思います。60歳になってから、もういつ死んでもいいと思っていますから。それくらい遊びはやり切りましたね。だから今は、ただひたすらここで皆と楽しくやろうという気持ちしかないです。それと、ここには色々な人が来るから、若い人と喋っていると自分も若い気持ちでいられるんですよね。だから今日があるかなと思います。スマホも最低限は何とか使えるようになりましたし(笑)。

では今、三宅さんが一番幸せを感じる瞬間は?

三宅
何だろうなぁ。前は美味しいものを食べた時とかに思ったけど、今は一日が無事に終わってホッとした時が一番幸せかな。ここに来てくれるお客さんに対しても、友達ができたとか、話ができたとか、一つでも良いことがあってくれたらいいなという気持ちで接しているので、逆に僕も「今日もトラブルもなく、無事に終わって良かった」というのが幸せの瞬間かもしれない。僕は人と会話することにあまり抵抗がないのと、呉服屋の時から色々な家庭を見てきていますから、どんな方にも対応できる人間になっていることに気が付きましたね。

ここのお客さんたちは、三宅さんの人柄に惹かれてかよっている方が多いと思います。

三宅
ろくにシェイカーも振れないから(笑)、僕との会話とか、ここに来れば誰かいるだろうと思ってくれるような形にしたのが良かったのかなと思いますよ。だから、僕が誰かと話していても、他に誰かいてくれればという気持ちで皆来てくれているんじゃないかなと思っています。


人に恵まれて生きた人生

お店はいつまで続けようと思っていますか?

三宅
くたばるまでやるしかないなと思っています。あまり先を考えていなくて、ここまで来ると本当に一日一日ですね。いつどうなるかわからないですから。人間は終わりがわからないというのが怖いですね。ウンとお金を持っていないと楽ができないというのがよくわかりました。だからもう死ぬまで働くしかないです。でも、働いているから元気でいられるんだと思いますよ。コロナで実感しました。毎日あんな生活をしていたら、早く死んじゃうわと思いました。

今後、お店や個人としての目標などはありますか?

三宅
それらしい目標はないです。しつこいようだけど、毎日毎日が何事もなく過ごせることが一番幸せかなと思っていますね。それと、やっぱり仲間が集まってくれるのが嬉しいです。ここにいて、いろんなジャンルの人に出会えるのが何よりも楽しいですね。前は雑誌や新聞社、放送関係の人がよく来てくれていましたけど、最近は外資系の人が多くなりました。それと、なぜかとんでもない有名な人が来てくれるのが、自分でも不思議でしょうがない(笑)。

運と縁ですね。

三宅
そうでしょうね。目に見えないものが僕を守ってくれたり、助けてくれているんだなぁと。そういうもののパワーを感じることが多くなってきましたね。僕はそれを信じているし、感謝している。不思議なことがいっぱい起きているけど、人に恵まれて生きたというのが、僕の人生じゃないかな。僕は何も努力はしていないけど、父親に言われて唯一守っているのは、「頼まれたらすぐやれ」ということです。絶対に時間を置かないです。それだけは実行してきましたね。

今回も、すぐお返事をくださいましたもんね。

三宅
それが信用かなと思っています。

CALM BACCHUS(カーム バッカス)

住所
〒153-0061
東京都目黒区中目黒3-24-15

営業時間:19:00〜26:00
定休日:火曜日
※2022年5月現在、店主はマスクを着用し営業しています。

電話番号
03-3716-3795

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取材・文=金多賀 歩美

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