72歳で吉本へ 芸人・おばあちゃんが語る、笑いに満ちた自由な人生「やってみないとわからない」
2023年6月、神保町よしもと漫才劇場の所属芸人となったことで、各メディアが注目しているひとりの芸人がいる。芸名は「おばあちゃん」。今年で芸歴5年目の76歳だ。
芸人養成所であるNSCに入ったのは、“71歳”のときだというから驚きだ。かなり大胆な決断のように思えるが、本人は「やりたかったからやっただけで、特別なことはしていない。自分でもまさか芸人になれるとは思わなかった」と、自分でも予想していなかった道を歩んでいるようだった。
そう語るおばあちゃんの顔は、そんな人生が楽しくてしょうがないといった様子だった。インタビュー中に何度も笑いが起こったおばあちゃんの人生の歴史を、ぜひ本記事で知っていただきたい。
- おばあちゃん
1947年生まれ。72歳で芸人デビューを果たし、現在は神保町よしもと漫才劇場の舞台に立つ。 シルバー川柳漫談を持ち味とし、幅広い層から人気を博している。
毎月10本の舞台に立つ、芸人・おばあちゃんの日々
おばあちゃんはいま芸歴何年目でしょうか?
おばあちゃん
芸歴5年目の、76歳になります。71歳のときにNSCに入って1年間勉強し、72歳で芸人になりました。
2023年の6月には、神保町よしもと漫才劇場の所属になったことで話題になりましたよね。
おばあちゃん
実は、最初は所属を決めるオーディションだと知らなかったんですよ(笑)。神保町では2か月に1回、劇場に所属できるかどうかを決めるオーディションがあるんです。舞台に計3回立ってネタを披露して勝ち上がるというシステムなんですけど、3回目を終えて、どうせ落ちるだろうと思って帰り支度をしてたら 「おばあちゃん、おめでとう」って言われたんです。「受かったよ」って。
おばあちゃん
そのときは、受かったらなんの特権があるかもわかっていなかったんです。そこで初めて神保町のメンバーになりました。
劇場の所属メンバーになってからは、どんな活動をしているのでしょうか?
おばあちゃん
いまは1か月に約10本ほど舞台に立って、ネタを披露しています。ほかには、テレビやラジオの収録も少ししていますね。
どんなネタを行っているのでしょうか?
おばあちゃん
私は川柳漫談というものを行っています。芸人になりたてのころは、本番中にネタをポンっと忘れてしまうことがあったんですよ。そしたら作家さんが、「川柳にしたらどうですか?」と提案してくれたんです。短冊に書けば忘れないし、ポケットから出し入れすれば自然に見えるんじゃないかって。
試行錯誤の結果、川柳漫談になったんですね。ネタはご自身で考えているんですか?
おばあちゃん
はい。日常生活のなかでおもしろいなと感じたものをネタにしています。友達との会話や、バスに乗っているとき、病院に行ったときなんかに思いついたりしていますね。
お笑いは、なにもなくても人を喜ばせることができる
お笑いは、昔から好きだったのでしょうか?
おばあちゃん
私は1947年、戦後のベビーブームの時代に生まれたんですけど、その時代はまだテレビがなかったので、ラジオで漫才の番組を聞いていました。当時は、中田ダイマル・ラケットさんや花菱(はなびし)アチャコさんが好きでしたね。もう内容は覚えていないんですけど、お笑いって“なにもなくても人を喜ばせることができるんだ”と、子どもながらに感じていました。
それからお笑いの道に?
おばあちゃん
いえ、中学校を卒業してから会社に就職をしました。母が「女の子は手に職をつけて、学校なんて行かなくてもいい」という考えだったので。でもどうしても学校に行きたいと思って、図面の訓練校に通いました。高校の通信教育に入学したのですが学費が払えなくて、一度中退してしまったんです。そこからもう一度お金を貯め直して、短大に進学し、造船所の会社で働きながら四年制大学にも進学しました。
主人は「死ぬまで釣りをしたい」、私は「吉本に行く」
それだけ、学校に行きたいという思いが強かったんですね。
おばあちゃん
そうですね。学んだことをどう活かすかというよりかは、とにかく“学校に行きたい”という思いがあったんです。ですが、38歳のときステージ4の乳がんを患い、生死を彷徨いました。その後、手術して片方が人口胸になったんですけど、そのときの経験をもとに卒業論文を書きたいと思いもあり、四年制大学に進学をする決意をしたんです。
おばあちゃん
そしたら先生が、私の卒業論文を「せっかくなら学会に提出しないか」と声をかけてくださって、発表することにしたんです。ですからそのころは、造船所の会社で働きつつ、大学で論文を制作するという生活を送っていましたね。
大学を卒業してからは、引き続き造船所の会社で働いていたんですか?
おばあちゃん
33歳から64歳までのあいだ、会社に勤めていました。本当は60歳で定年だったんですけど、人手不足ということもあって退職を引き留められまして。でも64歳のときに膝の手術をすることになって、それがきっかけで退職したんです。手術をして、1年間はリハビリを行っていました。そのリハビリ期間中に、「自分はこれからなにをしたいのだろうか」と模索していましたね。
普通の人は定年まで働いたら、「やっと休める」と思いそうですが……。新しいことを始めるのは、大変だという気持ちはなかったのでしょうか?
おばあちゃん
あんまり感じなかったですね。それよりも、これでまた自分の好きなことができるな、という楽しみの方が先に立ちました。
ご主人もやりたいことがあったのでしょうか?
おばあちゃん
定年になったときに、これからどうするか2人で話し合ったんです。そしたら「俺は死ぬまで釣りをやりたい」と言うので、「私は吉本に行く」と伝えました。
そしたら主人は「吉本は老人ホームを始めたの?」って言ったんですよ(笑)。「違うよお父さん、お笑いの学校だよ」と説明したら、「協力はできないけど邪魔はしないよ」と言ってくれたんです。じゃあそうしようねということで、お互いにやりたいことを始めました。
吉本に行くなんて、ご主人は驚いたのではないですか?
おばあちゃん
いままで大学に行くって言ってみたり、論文を書き始めたり、とんでもないことを言い出すのには慣れていたんだと思います。私自身もそんなにすごいことだとは感じていないんです。ただ、やりたいと思ったことをやっているだけといいますか。
昔からそうなんですよ。ワープロの検定試験とか秘書検定とか、着付けや編み物なんかもとりあえずやってみて師範の資格を取りました。なんでもやってみる性格なので、家にいることはあまりなかったですね。主人は近所の方に「奥さん姿が見えないけど、具合が悪いんですか」と聞かれることもあるみたいなんですけど、「外に出ている時は元気なので大丈夫ですよ」と答えるそうです(笑)。
姿が見えないということは、元気ということですね(笑)。
おばあちゃん
そうですね、だからそんな大したことではないんです。やりたいことを淡々とやっていただけなので。自分でも、芸人になれるとも思っていなかったですしね。
おばあちゃん
私の友達に、片っ端からいろんなイベントのチケットに申し込む人がいるんです。講演会から日本舞踊からフラダンスまで、なんでもいいんです。たとえば日本舞踊を見に行くと、若い方の動きとご高齢の方の動きの違いや、それぞれの魅力が伝わってくるんです。こういうのって口で聞いてもなかなかわからないじゃないですか。生で見るからこそ、感動するんです。なんでも行ってみると新しい発見があるんですよ。
腰パン、パフェの値段……若手芸人の仲間と過ごす刺激的な日々
劇場には多くの若手芸人の方がいらっしゃると思うのですが、一緒に活動をして感じたことはありますか?
おばあちゃん
いまの若い子ってこんなことをするんだ、という気付きがあってとても楽しいです。たとえば一緒に喫茶店に行ったら、1個1000円近くするようなパフェを頼んだりするじゃないですか。私は戦後のものがない時代に育ってきたので、「へぇ〜!」と思うわけです(笑)。でも、食べてみたらとってもおいしいんですよね。そういった感覚は、昔と違うんだなと思います。
あとは、“腰パン”ってあるじゃないですか。最初に聞いたとき、「こし餡のパンかな?」と思ったんですけど、違うみたいですね(笑)。どうも会話が噛み合わないなと思いました。
どんなおいしいパンかなと思っちゃいましたよ(笑)。こんなふうに新しい発見があって、本当に毎日楽しいです。友達からも羨ましがられるので、私は幸せな環境にいるんだと思っていますよ。
おばあちゃん
それだけじゃなくて、若い子からはお笑いにかける情熱なんかも伝わってきます。どんなに貧乏してもできるんだっていうことを、見せてもらいました。「もうご飯2日くらい食ってないよー」と言いながらも、やっぱり芸人になりたいという想いは持ち続けているんです。ひとつの夢に向かって頑張っているわけじゃないですか。私は若いときにそれができなかったので、改めてそういう姿を見て元気をもらっています。
すごくいい関係性ですね。
おばあちゃん
みんなとっても温かいんですよ。仕事の連絡はスマートフォンでやりとりするんですが、操作がわからないと「おばあちゃんわかる?こうやってやるんだよ」って教えてくれるんです。風邪が流行ったら「危ないよ」と声をかけてくれたり、催し物があったら危ないからって駅まで送ってくれたりします。だから、いつも劇場に来るのが楽しみでしょうがないんです。私の家から劇場までは2時間くらいかかるんですけど、大変というよりは楽しみという気持ちで、いつも来ていますね。
76歳、ステージから見える景色とは
ステージで漫談をしているとき、どんなことを感じていますか?
おばあちゃん
お笑いを見にくるお客さんは若い人しかいないですよ。だから、そのなかで私は桁違いなことをやっているんです。私に若い子の言葉が通じないことがあるように、私が言っていることも通じないときもあります。そういうときは作家さんに「これだとお客さんはわからないから、こうした方がいいと思う」と言われて、改めてネタを考えたりしています。
でもお客さんは温かいです。トチってしまったときも笑ってくれると、「嬉しいな、温かいな」と感じています。自分がステージに立つようになって、私はいままでどんな顔をしてお笑いを見ていたんだろう、と考えるようにもなりました。
見る側から立つ側に変わって、気づくこともあったんですね。改めて、おばあちゃが思う芸人の魅力は、どんなところにあると思いますか?
おばあちゃん
回その人の人柄や温かみが、芸にも出るところですかね。芸以前に、人間性や人に対する思いやりの気持ちがあると、そういういうところも芸につながっていくんだと思います。同じ楽屋で過ごしていると、「この子はこういう優しいところがあるな」「この子はこんなところがいいな」というのが見えてきます。そういうところが、芸にも滲み出てくると思いますね。……私、なんだか偉そうなこと言っちゃったかしら(笑)。
76歳、芸人・おばあちゃん。
芸人の道は、あくまでおばあちゃんの“やりたいこと”のひとつ。「やってみないとわからない」という人生観を体現した結果、自分でも想像していなかった場所にいるようだった。
毎日が楽しくて仕方がないといった様子で、人生を語ってくれたおばあちゃん。人生を楽しいと感じることができるかどうかは、自分次第なのだと改めて気づかせてくれた。もし何かを始めることをためらっているのであれば、おばあちゃんの生き様はきっとその背中を押してくれるだろう。
2月12日(月)祝77歳!芸歴5年目「おばあちゃん」の喜寿をお祝いする会
・時間:開場17:45 開演18:00 終演19:00
・場所:神保町よしもと漫才劇場
リアルチケット
・先行期間:1/20(土)11:00~1/22(月)11:00
・当落発表:1/23(火)18:00~
・一般発売:1/27(土)10:00 ※座席数:120席
※クレカ+ファミマ決済
オンライン配信
・一般発売:1/27(土)10:00
チケットの購入
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