映画『エリカ38』の詐欺師役は、樹木希林さんから浅田美代子さんへの最後の贈り物
映画『エリカ38』は、昨年、この世を去った名優・樹木希林さんが浅田美代子さんの代表作を作りたいと初めて映画製作の企画に関わった作品。実際にあった投資詐欺事件をベースに、ヒロインが犯罪に手を染めていき、後戻りできないところまで突っ走っていく姿を描いた人間ドラマです。
物語
バーでホステスとして働きながら、米国産サプリメントを扱う仕事をしていた渡辺聡子(浅田美代子)は、伊藤信子(木内みどり)という女性と知り合い、ある男性を紹介されました。その男は平澤育男(平岳大)。国境を超えたビジネスを展開していると語り、聡子は彼が手掛ける途上国支援事業の手伝いをすることになります。しかし、平澤がやっていたことは支援事業と見せかけた投資詐欺。聡子は彼の詐欺計画に乗り、トークスキルの高さと人懐っこい魅力で、多くの人から支援金という名目で大金を集めます。やがて彼女は支援金を自身の豪遊に使うようになるのです。
奇抜なファッションで話題になった若作り女性詐欺師の事件
この映画のベースになっているのは、出資法違反の罪で国際手配され、タイで逮捕された女性詐欺師の事件です。事件そのものよりも注目を集めたのは詐欺師のルックス。60歳過ぎているにもかかわらず38歳と偽り、ミニスカート姿と聖子ちゃんカットの若作りが話題になりました。彼女はなぜ多くの人から何億円もだまし取ったのか。本作を見ていると、ヒロインの生き方から、詐欺をして生きていく女の 性 が見えてくるのです。
ヒロインを犯罪へと導いた人たらしの魅力
聡子は、とにかく人の懐に入るのがうまい女性。すぐに親しみやすい空気を作り出し「この人といると楽しい」と相手に思わせるのです。そして自分に興味を持った人を集めて、支援事業を通して体験したという嘘のエピソードを笑顔で語り「ぜひ一緒に彼らを助けましょう」と、支援者の心を引き寄せていくのです。
聡子はネットワークビジネスの仕事もしていたので、どんな語りでどのように近づけば、相手を信用させてお金を出させるかということが本能的にわかっていたのですね。ただ聡子が行っていたのは、あくまで投資。配当金を支払うという約束をしたがゆえに、配当金が滞ったとき、事件は明るみに出たのです。
浅田美代子が演じる詐欺師の哀愁
実在する女性詐欺師は、ずっと男に助けられて生きてきた女性で、逮捕されたときも、タイで愛人契約を結んだ若い男性に夢中だったそうです。映画でも、聡子はタイで出会った若い男性と熱い日々を過ごしますが、浅田美代子さんが演じる聡子は、お金と男がすべてという女性ではなく、タイで刹那的な恋に身を焦がす姿にはすごく哀愁がありました。
幼少時代、父親のDVに苦しめられて、普通じゃない生活を送ってきた聡子にとって、信じられるものはお金だけだったのかもしれない。愛情という不確かなものでつながるよりも、お金でつながっている関係の方が信用できたのです。そんな聡子の内面を浅田さんはセリフで説明をすることなく、魅惑的な演技で見せており、キャラクターに深みがありました。
樹木希林から浅田美代子へ。最後の贈り物
樹木希林さんは、ずっと浅田美代子さんに“闇を抱えながらも軽やかにしたたかに生きる女性”を演じてほしいと思っていたのですが、そういうオファーが浅田さんのもとになかなか来ない。そこで「浅田美代子の代表作を」と自分が映画製作の企画を立てて動いたそうです。
「私がこの映画について知ったのは、製作がある程度決まってからです。希林さんから電話があり『監督、プロデューサーは決まったから』と知らされ、えー!って(笑)。でもとてもうれしかったです」
と語る浅田さん。
1973年のドラマ「時間ですよ」で共演して以来、ずっと友人関係を築いてきた二人。樹木さんにとって浅田さんは芸能界における妹のような存在だったのかもしれません。そして自分の命についてもある程度わかっていたからこそ、浅田美代子主演作の話をサクサクと進めていたのでしょう。加えて樹木さんは聡子の母親役で出演もしています。
可愛くて色っぽくて毒気さえチャーミングに見せてしまう浅田美代子主演映画『エリカ38』。魅惑的なシニアの悪女をぜひスクリーンでご覧ください。