『エースをねらえ!』『元祖天才バカボン』の元アニメーターは人間愛が溢れる考古イラストレーター
遺跡に命を吹き込み、当時の人々の生活をいきいきと描く復元画の第一人者である早川和子さんは約40年に渡り、復元画を専門に描いている。早川さんの前身は『元祖天才バカボン』『エースを狙え!』『草原の少女ローラ』等、国民的アニメの制作に関わってきたアニメーターである。国内だけでなく海外の遺跡の復元画も手がけている早川さんが描く復元画には、その時代を生きてきた人々の生活する姿が生き生きと描かれ、そこにはアニメーターを経験した早川さんだからこそ描ける復元画の世界がある。早川さんが描く古代の世界は人々への愛に満ちている。考古イラストレーターの早川さんに遺跡の複製画への思いを聞いた。
- 早川和子(はやかわ かずこ)
1953年 宮崎県に生まれる。武蔵野美術大学卒業後、東京のアニメスタジオ「マッドハウス」で『元祖天才バカボン』『エースをねらえ!』『草原の少女ローラ』等、数多くのヒットアニメの制作に携わる。その後、1986年ごろから遺跡の復元画を描き始める。藤原京跡、平城京跡を始め全国各地の復元画を描いている。2022年、遺跡の発掘調査成果を忠実に描き、イメージしにくい古代の様子を親しみやすいものにしたとして、第8回古代歴史文化賞の特別賞を受賞。
『絵本版おはなし日本の歴史 (17) 近代国家をつくる 』(岩崎書店)『縄文のムラ』Kindle版 (電子書籍)(岩崎書店)『よみがえる日本の古代』(小学館)等、多くの書籍の作画を手掛けている。
満員電車に乗りたくないから家から近いアニメ会社に入社
京都府の南部に位置する木津川市にある早川和子さんのご自宅兼アトリエを訪ねた。「猫が18匹いても大丈夫かしら?」という早川さんの電話に全員が玄関にやってくるのかと思いきや、ひとなつっこい猫が1匹「にゃあん」と出迎えてくれた。他の猫たちは、思い思いに自分の居場所でくつろいでいた。
アニメーターになられたきっかけは何だったんでしょうか?
早川
最初はグラフィックデザイナーを目指して就職先を探したんですが、なかなか見つからなくて、やっと見つけた会社が銀座だったんです。就職試験を受ける時から銀座に満員電車に揺られて通うのが嫌だなって思ってました。結局、グラフィックデザイナーではなく、関連会社の秘書に採用されたんですが、自分の世話もできないのに秘書は無理だし、毎日、満員電車で銀座に通えなと思って、行かなかったんです。それで、困ってしまって新聞の求人欄を探したら、当時阿佐ヶ谷にあった「マッドハウス」がアニメーターを募集してたんで、入りました。
「マッドハウス」は1972年に虫プロダクション(旧社)のアニメーター達が同社の経営危機をきっかけに独立して設立し、数多くの名作を世に送り出してきたアニメファンなら知らない人はいない会社である。
早川
阿佐ヶ谷なら中央線で何駅か行けばいいので満員電車に乗らなくても大丈夫だったんで、選んだんです。アニメの描き方なんか何も知らないのに美大も出ているし絵の勉強をしているからできるはずって、自信満々だったんです。でも入ってみたらすっごく難しくて。みんなアニメが好きでどうしてもやりたいという人ばかりで、北海道から家出してきた人もいましたし、不眠不休でもいいというような人ばかりでした。
お蝶夫人の長い髪の動きは至難の業
とはいえ、アニメの仕事は厳しくても楽しかったという。早川さんは主に原画に動きをつけていくシーンを描く動画を担当した。原画と原画の間の中割りを描き、アニメーションに動きを持たせ動画全体を滑らかにするのが役割である。早川さんが担当を任されたのは1970年代に少年少女を中心にテニスブームを起こしたスポーツ根性アニメ、『エースをねらえ!』 ※1)の動画を担当していた早川さんは、優雅な髪をなびかせてテニスをするお蝶夫人 ※2)だった。
早川
お蝶夫人が振り向くとき、あの名古屋巻きみたいな縦ロールの長い髪をいかに優雅に揺らすかが、大事なんです。
※1)『エースをねらえ!』:山本鈴美香のスポーツ漫画。1973年から1975年および1978年から1980年まで『週刊マーガレット』に連載された。少年少女を中心にテニスブームを起こしたスポーツ根性(スポ根)漫画として知られる。テレビアニメ『エースをねらえ!』:1973年10月5日から1974年3月29日まで放送、『新エースをねらえ!』1978年10月14日から1979年3月31日まで放送。
※2)お蝶夫人:美しく聡明で、家は裕福で、プライドが高い。ゆれる縦ロールがトレードマーク。自分に憧れる主人公・岡ひろみをテニス部に誘い、妹のようにかわいがる。
馬が走るシーンが得意だったという早川さんは、『草原の少女ローラ』※3)の馬のシーンを自分から描きたいと願い出たそうだ。
早川
前から風を受けて馬のたてがみが後ろになびくんです。ちっちゃな動きを分解して分解して描きました。出来上がったらパラパラ漫画みたいに、パラパラして、スムーズに動いているか確認するんですが、ちゃんと動いたときは、とても嬉しくて、大変ですが、楽しい作業でした。
※3)『草原の少女ローラ』:海外TVドラマ史上に輝く傑作といわれる『大草原の小さな家』と同じ原作による、国産TVアニメ。1975年10月7日から1976年3月30日まで放送。
アニメーターの仕事は、今でも楽しかったと言う早川さんだが、結婚後は、京都府木津川市に拠点を移すことになった。そこで、人生の転機となる発掘調査の現場に出会うことになる。
発掘現場を分かりやすく伝えるために描いたイラスト
関西でアニメの会社を探したが、当時は1社もなかったそうだ。しばらくの間は外注でアニメの仕事を受けていたが、だんだんアニメの一線から離れることになる。
遺跡の復元画を描き始めることになったきっかけはなんだったのでしょうか?
早川
発掘調査のアルバイトです。発掘調査のアルバイト代がとても高かったんです。当時、8,000円ですよ。
今から約40年前のアルバイトとしてはなかなか高額である。発掘調査のアルバイトと言っても任された仕事は京都府埋蔵文化財調査研究センターでの整理作業だった。室内で作業していた早川さんだったが、どういうところで発掘がされているのか気になり、発掘現場に足を運んだ。
早川
発掘現場に行ったら柱の穴の跡があったんです。それを見て思ったんです。そこに柱を立ち上げて屋根を付けたら分かりやすいんじゃないと。提案してみたんですが、まだ、屋根の材料が木か瓦か分からないから無理、無理と言われました。でも、描いてみたんです。柱と、屋根、家、そして、古墳の周りで人々が粘土をこねている様子を描きました。発掘現場を分かりやすくするには絵があった方がいいと思ったんです。分からないことも多いし、今から思うと間違いも多かったんですが。
発掘後、必ず現地説明会が開催される、その時の資料に早川さんのイラストも入れてもらった。
みなさんの反応はいかがでしたか?
早川
人が描けている、この人に建物の描き方を教えたら使い物になるといって奈文研(独立行政法人国立文化財機構 奈良文化財研究所飛鳥資料館)に呼んでもらったんです。それから平城京の案内板になっているイラストを描くようになりました。
こうして、早川さんの考古イラストレーターとしての第一歩が始まった。考古イラストレーターという言い方は、早川さんの造語だそうだ。
復元のイラストは、今まで描いてきたものとは、かなり違ったのですか?
早川
はい。建物の鳥観図を描くときに建築のパース(建物などを立体的に表現する図法)を勉強してくださいと言われて、そんな難しいこと無理です、先生たちが描けるんだから、そこに私が人を描きますって言ったんですが、それはダメダメって言われてずいぶん勉強しました。最終的に分かったことは、建築パースは図形なので、その通り描くと面白くないんです。頼りになるのは自分の目です。自分で見て違和感がなければいいと。
早川さんのイラストに登場する古代の人々は、みんな楽しそうですね。
早川
私が描いている人は、みんな楽しくやっているんです。私は絵を描いたり物を作っているときは楽しいから、古代の人達も命令されてやってたとしても、いい器がができたら誰かに見せて「うまくできたな」って言ってもらっているシーンを描くんです。泣いたり笑ったり喜んだりは今の人達と一緒のはずです。人間が笑っているかどうかは干渉されません。そこは私の自由な世界なんです。
早川さんは、石器を作っているところを描いてと言われると、石器を作って誰かに見せているところを描くという。弥生時代の稲刈りのシーンでは、この後、みんなで米食べているのではと思い描きならが描く。イラストからは、人々の笑い声や風の音まで聞こえてきそうだ。
考古学者を喜ばせたいから描き続ける復元画
遺跡の復元画を続けてこられた魅力は何ですか?
早川
私は発掘で出てくるものがおもしろいんじゃなくて、それを研究している考古学者がおもしろくて、魅力的なんです。その方々を喜ばせたくて描いています。
あるとき、直径5㎝くらいの丸瓦の破片がでてきたんです、それが、興福寺の瓦だったんですね。そしたら、調査員さん達がみんなで乾杯しているんです。その喜んでいる姿を見て可愛いなあって思いました。みんな楽しそうで、雨が降ろうが矢が降ろうが現場に出て発掘してます。
そういう早川さんも実に楽しそうに復元画のことを話してくれる。復元画は、単なる想像図ではなく、発掘調査の成果や出土遺物、文献資料などから可能な限り復元の根拠を探し出し、それを絵に盛りこむ作業であるが、そこに暮らす人を生き生きと描くようになったのは、早川さんが最初かもしれない。生き物を愛し、人にやさしい早川さんが、その時代、時代に生きている人を楽しんで描いているからこそ、登場する人物も楽しそうである。
「きっと、どんな時代でも楽しいことはあったはず。だから楽しそうな人を描くの」という早川さんの復元画を見れば、誰もが楽しくなるに決まっている。きっと、旧石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代、奈良、平安時代など各時代に生きた人々の息吹が感じ取れるはずである。
早川知子さんの著作のご紹介
選書949 飛鳥むかしむかし 飛鳥誕生編 (朝日選書)
- 編集: 奈良文化財研究所
- 絵: 早川知子
- 出版社:朝日新聞出版
- 発売日:2016年8月10日
- 定価:2,035円(税込)
選書950 飛鳥むかしむかし 国づくり編 (朝日選書)
- 編集: 奈良文化財研究所
- 絵: 早川知子
- 出版社:朝日新聞出版
- 発売日:2016年10月7日
- 定価:2,035円(税込)
縄文のムラ 絵本版おはなし日本の歴史 Kindle版
- 著者:児玉祥一
- イラスト:早川知子
- 出版社:岩崎書店
- 発売日:2014年3月10日
- 定価:1,980円(税込)※変更されることがあります