時代劇コメディ『引っ越し大名!』の犬童一心監督は語る「この映画の侍たちは江戸時代のサラリーマンなんですよ」
映画『引っ越し大名!』は、江戸時代の藩の引っ越しをコミカルに描いた時代劇。大がかりな引っ越しのリーダーに指名されたのは、書庫にこもっているひきこもり侍というのがユニークな作品です。この映画を演出したのは、数々のヒット作を生み出している犬童一心監督。サラリーマン社会と重なる部分もある本作について、犬童監督にお話しを伺いました。
映画『引っ越し大名!』物語
姫路藩の藩主:松平直矩(及川光博)は、幕府より「国替え」という藩の引っ越しを言い渡されます。それは、すべての藩士とその家族全員が姫路(兵庫)から日田(大分)へ大移動する大変な引っ越しプロジェクト! このプロジェクトの総責任者「引っ越し奉行」に指名されたのが、書庫に引きこもって読書ばかりしている引きこもり侍の片桐春之介(星野源)。大変な任務に完全に怖気づいた春之介でしたが、武芸の達人・鷹村源右衛門(高橋一生)、前任の引っ越し奉行の娘・於蘭(高畑充希)の助けを借りて、この大がかりな引っ越しに挑戦することになるのです。
主人公の春之介役が星野源で本当に良かったと思った理由
犬童監督が本作を監督されることになった経緯について教えてください。
犬童一心監督(以下、犬童監督)
企画と制作を担当しているプロデューサーの矢島さんからお話をいただきまして「原作があるので脚本作りから一緒にやっていきましょう」ということでスタートしました。侍が藩の引っ越しをする話はあまり知られていないので、これは面白いものになるとは思いましたが、原作をなぞるのではなく、まずは2時間という枠内で映画としておもしろくするためにはどうしたらいいかと考えました。今回、幸運だったのは、原作者の土橋章宏さんが脚色も担当されたことです。だからプロデューサー、土橋さん、僕とで話し合いができて、直接、土橋さんといろいろアイデアを出し合えたのでやりやすかったです。映画は原作とは多少タッチが異なりますが、原作者と話し合ってそのようにしていますから。脚本作りはスムーズでした。
時代劇コメディなので見やすく、星野源さんや高畑充希さんなどキャスティングもピッタリでした。
犬童監督
主役の春之介を星野さんが演じてくれて本当に良かったです。春之介は引きこもり侍から、引っ越しの全責任を負うリーダーへと変わっていきますが、星野さんはもともとリーダー気質がある方なんです。一般的には、いつもニコニコしていて、みんなを引っ張るようには見えないかもしれませんが、一緒に仕事をするとわかります。バンドをやったら必ずバンマスになる人。星野さんは、本当に春之介みたいなリーダーなんです。
於蘭役の高畑さんは僕が決めました。高畑さんはすごく芯が通っていて、正直に生きている人。だからずっと年下のなのに、しっかりしていて年上の僕が叱られそうな感じがするんです。そういうところが子持ちで年上女房的な雰囲気の於蘭さんだと思って出演を依頼しました。
藩が丸ごと引っ越しをするという物語の中、引きこもり侍の春之介が劇的に変化するのではなく、とまどったり、ドタバタしながらも着実に変化していく姿が良かったです。
犬童監督
「かたつむり」と言われる春之介の引きこもり状態から始めて、彼をいちばん引きこもりに見えない場所へたどり着かせることを念頭において演出しました。最初は青白い顔をして髪もボサボサですが、徐々に見た目もかわっていく。そこを見ている人に気づかせないように変化をつけて成長させていくことに心を配りましたね。
於蘭の存在も彼の変化の手助けをしていますが、於蘭は原作よりも強い女性に変えたんです。なぜなら原作は3ケ月くらいの物語ですが、それを2時間にまとめることを考えると、於蘭が、何でも言うことを聞くような従順な女性では春之介の成長が描けないからです。彼女は子育てしながらたくましく生きる強さを持っている人です。それくらいの強い女性に春之介が惹かれるのであれば、彼の精神的な成長の助けになると思いました。
愛されるリーダーとしての在り方を描く
この映画では春之介を通じて、リーダ―の在り方も描かれているように感じます。春之介はドンとかまえていたり、みんなを見下ろしているリーダーとは違いますね。
犬童監督
春之介がどういう方法論でリーダーをやっているかについては、はっきり決めました。「間違ったらすぐ謝る」「あった出来事は正直に話す」「困難に立ち向かうときは笑顔で行く」。この3つです。間違っているのに謝らない人、陰でネゴシエーションする人、「自分は大変なことやっている」とアピールする人とかいるでしょう。バカバカしいけど、そういうリーダーが現実に存在する。でもそれは、男性が社会的に重要であると子供時代から植え付けられているからなんですよ。間違えても謝らないのは、謝ると誰かに付け入れられると思っているから。男性は子供の頃から決められた社会的構造に毒され、過大なものを背負わされ過ぎているんですね。
だから真逆の人間の方がリーダーとして信頼できる。春之介タイプは、すぐ泣いたりしますけど、正直ですから好かれるし、そういう人間がいいリーダーになっていくんです。でも難しいのは、こういうタイプは人間的な魅力が大きいので、肩書では判断できないし、リーダーに向いているかどうかわかりにくいんです。だからこそ、星野さんみたいにカリスマ性のある俳優が演じてくれてありがたかった。リーダーとしての説得力が生まれますから。
なるほど。演出のポイントは春之介のそういうリーダーとしての在り方でしょうか。
犬童監督
そうですね。あと個人的にこの映画でやりたかったのは、侍がお百姓さんの道を歩むことです。引っ越しの際、どうしても人を減らさないと移動できないので、春之介は侍の一部の人に「お百姓さんになってほしい、必ず迎えに行くから」と約束をします。そのとき、「百姓なんてイヤだ」という侍ばかりじゃないと思ったんです。心情的に「侍よりも農業を選ぶ」という人もいるはずだと。それは、僕自身がある程度の年齢になり、農業に自然に惹かれているので、あの時代に農業に惹かれる侍がいることも描きたいと思いました。
現代のサラリーマンは保身に走る状況の中で生きている
監督はこの映画をサラリーマン映画のひとつとして考えていたそうですね。
犬童監督
カリカチュア(※)した社会の中で、自分のやり方で困難を突破していく物語でいいのではないかと思いました。例えば本村三右衛門(松重豊)は「国替えに失敗したら切腹だ」と春之介を脅しますが、本村は根っからの悪い人ではなく、藩のルールだから言ってるだけなんです。姫路藩をひとつの会社としてとらえたら、厳しい上司という役回りです。逆に佐島竜五郎(正名僕蔵)みたいに勘定奉行のくせに春之介に金銭面も丸投げするダメ上司もいます。そう考えると、春之介は会社の大がかりな引っ越しの責任者として彼等に指名された部下というわけです。
※カリカチュア:特徴を鮮明にするため誇張して描いた風刺表現。
現役サラリーマンだけでなく、引退した元サラリーマンからの共感も得られそうですね。監督から見て、今のサラリーマンはどのように映っていますか?
犬童監督
今のサラリーマンは確実に保身に傾いていると感じます。失敗するとまずいんじゃないかと思っている。それは失敗を許さない社会にいるからなんですね。失敗するのはよくないけど、必ずしも悪いことばかりじゃないという、二律背反(※)が許されない時代なのでしょう。テレビ局を見ているとよくわかるのですが、例えば、視聴率は悪いけど、とてもいい番組があったとします。上司は「もっと数字取れるようにしろよ」とは言いますが、その番組を切らない。なぜならその番組を持っていることが、テレビ局にとって有効だからです。でも今はそれが通用しにくいですね。数字が悪い番組はすぐ切られることが多いからです。
なぜかというと、様々な仕事がスピード化し、すぐに結果を求められる時代になったからでしょう。いい番組かどうかをひとつひとつ精査して、視聴率は悪いけど、局に利益をもたらす番組であると判断する時間がないんです。だから、番組の内容ではなく数字を取ることにならざるをえない。それはその他の企業のサラリーマンにも言えることで、だからつい保身に走ってしまうのかなと思います。
※二律背反(にりつはいはん):ひとつのテーマに対する正反対の論理。矛盾した関係。
何でも数字で判断されてしまうのは寂しいですね。映画界はどうでしょうか。監督はどう考えてらっしゃるのですか?
犬童監督
僕自身は、映画を作るときに二律背反を含んでやろうと思っています。そうしないと偏ってしまうからです。ただ僕が考えているのは、社会に対して言いたいことがあっても、それをあからさまにはやらないということ。はっきり言いきって見せてしまうと、それに賛同する人しか集まらなくなるからです。同じ意見の人が集まってサロン化しても世界は広がらない。だから僕はエンタテインメントとして気づかれないようにやりたい。映画を観たあとに、観た人の心に何かが植え付けられていたり、何かしら影響を与えていたり。そういう形で自分の声を伝えていきたいですね。
大切なのは映画における職人気質
映画やドラマなどで数々の作品に関わっている犬童監督ですが、作品作りを決める基準はあるのですか?
犬童監督
主人公のキャラクターが大きいですね。依頼されても僕がどうしても支持できない主人公の場合は「この主人公を支持できないから、逆説的なスタンスで作ってもいいか」と聞きます。大抵「ダメです」と言われますけど(笑)。あと映画制作はどうしてもお金が関係してきます。高望みはしていないのですが、キャスティングも含め、必要最低限の予算がないと厳しい。けれど、僕は製作費が大きければおもしろい映画になるとは思っていません。
そもそも僕自身、学生時代に自主制作映画を作っていたときと中身は変わっていませんから(笑)。僕がカメラをまわして、出演者が全員友達、エキストラは道を歩いている人にお願いしたりということをやっていました(笑)。娯楽としての面白さは低予算でも十分可能だし、そういう方が意外と心に残る映画になったりするんですよ。要は、映画監督に職人としての力があるかどうか。職人性みたいなものに映画が持っている本当の力が宿っていると思います。
監督のお話を聞いていると、映画製作を楽しんでいる様子が伝わって来ます。読者は定年退職し、人生の楽しみ方を模索している人も多いのですが、犬童監督からぜひメッセージをいただきたいです。
犬童監督
まずひとつは外に出ることですね。家の中は楽だし、つい居続けてしまうかもしれないけど、外に出ると些細なことだけど、面白いことが溢れていますから。先日、奥さんと夜、散歩したとき、花火の音が聞こえたんです。そのとき「今年花火を見ないとすると、自分は生きているうちに花火を見られるのは10回あるかな」とか思ったんですよ。そうやって家の中では見られないものを見たり、考えないことを考えたり、外には面白いことが転がっています。
最近、石にはまっていて、『引っ越し大名!』の撮影のときは、星野源さんのいい演技を見た日に、たまたま砂浜で綺麗な石を見つけたので持ち帰りました。その石を見ると、星野源さんの素晴らしい演技を思い出すことができるわけです。花火とか、石とか、ひとつのディテールですが、外にはそういう楽しい出会いがあるので、みなさんもどんどん外出してみるといいと思いますね。
映画を作り始めたときの感覚を大切にしている犬童監督は、若い感性とキャリアに裏付けされた職人技があるからこそ、ずっと第一線で活躍しているのだと思いました。その力を存分に発揮した映画『引っ越し大名!』で、犬童監督の世界をぜひ体験してください。
- 犬童一心(いぬどう・いっしん)監督
1960年生まれ。東京都出身。高校時代から自主製作映画で監督のキャリアをスタート。大学卒業後、CM演出家として活躍したのち、97年『二人が喋ってる。』で日本映画監督協会新人賞受賞。『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』『眉山-びざん-』『グーグーだって猫である』『のぼうの城』『猫は抱くもの』など。最新作『最高の人生の見つけ方』が公開待機中。