かっこよい人

「ネイリストは、セラピスト」の主唱者・山崎比紗子さんの次なる挑戦

ロサンゼルスへ旅行したときに、街角で見かけたネイルサロンに興味を持ち、その技術を日本でも活かしたいと思うようになった。当時の美容業界では「爪の手入れ」は専門技術として認められておらず、起業にはほとんどの人が反対した。米国留学後、ネイル技術を広めるために、ネイルスクールを開校した。起業に必要なことは「明確な目標と強い信念」。信念は「ネイルの技術とセラピーを融合させること」。フロンティアとして壁に挑み続ける山崎比紗子さんの次なる挑戦について、お話をお聞きしました。

山崎比紗子
1975年、美容界へ。ソワンエステティック、メイクアップ、アン山崎ネイルカレッジなどを卒業後、1980年、大阪にトータルビューティーサロン『エレガンス』を開店、その後カリフォルニア州ニューベリースクールに留学、翌年帰国後、日本に正しいネイル技術を普及するために1985年、西日本初のプロネイリスト養成専門校『ヒサコヤマサキネイルスクール』を開校、多くの技術者を育成。2006年、日本ネイルセラピー研究会設立。ヒサコヤマサキネイルスクール学院長。ネイルサロンbyヒサコヤマサキ代表。日本ネイリスト協会理事。
目次

子どものころ、おばあちゃんの爪を切ってあげて

山崎比紗子さんがお客さまと接するスタイルについて、心の原風景があるそうです。

山崎
祖母が緑内障で視力を失っていました。爪切りを自分で出来ませんので、私が子どもながら、母から頼まれて爪を切ってあげていました。その後、五十八才で父が脳卒中で倒れて右半身が使えなくなったんです。それで、父の爪切りも手伝うようになったのです。

爪切りをしながら、たくさんお話をなさったんですか?

山崎
そうです、そうです。対面で、一番近い状態で、手や指先に触れながらですから当然、黙って黙々とはしませんよね。最近どう? とかいろいろなことを話しながら。それがそのまま、いまのネイルサロンのお客さまとの関係になっています。

アメリカ留学ホームステイを引き受けてくださった看護師の真っ赤で素敵な爪

おばあさまの爪切りが原点だったのですね?

山崎
もう一つあるんです。42~3年前にアメリカに行ったときに、日本人でアメリカの国家試験を取得しナースになったサチコワードさんを紹介されました。凄い優秀な人で、一回で合格しました。彼女がオフのときは真っ赤なネイルカラーをつけて楽しんでいました。看護師さんがこんなことをしたら日本だったら叱られちゃうと思ったんです。そうしたら彼女曰く、『自分の自由な時間に自分の好きなことをするのにネイルは一番いいの。リラックスするし、うれしくなるし、綺麗だし。だから私は何時も爪を真っ赤に塗るの』と、それが凄い印象的でした。日本では、看護師さんはダメ、介護士さんもダメ、銀行員もダメと、なんかもうダメダメの方ばっかりだったんです。そのお友達の看護師の言葉に、『そうなんだ!』と、心地良いショックを受けたんです。

ボランティアでの気づき、「ネイリストは、セラピスト」

山崎さんは37年前から老人ホームでのボランティア活動をしてきたそうです。そうして気づいたのが「ネイリストは、セラピスト」だったそうです。

山崎
手はとっても大事なところで、脳と直結しています。手をふれながらお話をすると、気持ちがリラックスします。心が開く、心が通じ合う、施術者もお客さまもほっこりするんです。爪の先や手指に触れて、どんどん綺麗になって、そのプロセスのなかでとても心が癒されるんです。はじめは無口だった高齢者の方も、とつとつとしゃべりだされます。それに気づいたのが37~8年前のことです。スクールの生徒を連れて老人ホームへの慰問を始めたんです。それがきっかけで、高齢者の方は本当に爪を切れない方が多いんだということと、喜んでいただけるということを実感しました。涙を流して喜んでいただけるんです。ああ、これこそネイルケアはセラピーだ、これは絶対に“癒やし”なんだと思いました。


ネイルケアをしてから、ネイルアートへ

ネイル業界人でない人間にとって、ネイルといえば『ネイルアート』という印象が強い。それはおそらく1988年、ソウルオリンピックで陸上競技の金メダリスト フローレンス・ジョイナーさんが長い爪にネイルアートをしていて、テレビで観ていた多くの女性達は感動したからでしょう。ネイルアートの認知が一気に広まりました。

山崎
本当に素敵なネイルアートだったと思います。一般的には、ネイルケアだけでアートをしない方も多いです。爪を丈夫にする、きれいにする、バッフィングして磨くだけ、艶だけ出しましょうという方もいます。爪は唯一自分の目で確認出来ます。ヘアスタイルやメイクは鏡を持つとか、鏡の前に行かないと美しくなったという変化がわかりませんよね? でも爪はどこにいても自分の目で確認出来ます。爪を綺麗にしていると本当に安心するんですね。ストレス解消法になると喜ばれています。まず先にネイルケアで整えてから、ネイルアートをします。爪甲に絵を描いたり、ラインストーンといってキラキラするものをつけて、ちょっと華やかにというアートもあります。いまは高齢者の方もおしゃれ感覚が凄くアップしていますから70代、80代、90代の方もネイルケア、ネイルアートを楽しんでいらっしゃいます。

東洋医学が重視する『皮脳同根』

東洋医学も学んだとお聞きしました。ネイルケアと東洋医学との関連はどうでしょうか?

山崎
『皮脳同根(ひのうどうこん)』という言葉があります。皮膚と脳は同じ根を持つという意味です。胎児が母親のお腹の中で成長する時に、皮膚と脳は同じ細胞から分裂することからそう呼ばれています。受胎すると、脳が一番最初にカタチづくられていくそうなんですけれど、受胎後16週目で爪の形成が始まり、胎児の6ケ月後には爪が指先まで伸びてきます。

皮膚と爪と脳はリンクしているということでしょうか?

山崎
肌を撫でると、高ぶった気持ちが落ちつきますよね。良い香りの中でマッサージされると、とても寛ろげて深い眠りに誘われる。そして目が覚めた時はとてもすっきりした気分になりますよね? 起源が同じだから、皮膚や爪をいたわると脳のストレスから解放されるということなのです。

米国の医療機関でフットケアの重要性を認識

ヒサコネイルでは開業時からフットケアにも力を入れているそうです。

山崎
フットケアでは、『危ないからお互いに足の爪を切れない』ということで、老夫婦ご一緒に来店なさったりされています。お二人で来られて、並んで足の爪を手入れされます。アメリカ留学中に足の専門医(ポダイアトリスト)の方に老人ホーム数カ所に案内していただいたことがあります。ホームでは定期的に医師が爪のケアをなさっていました。その時に、フットケアの重要性を認識しました。高齢者の足の爪は分厚くなって、変形していて、自分で手入れが出来ない方も多いのです。フットケアでは足の爪を削り、足の裏の角質のお手入れをしてなめらかにスベスベにしたり、足の疲れをとるフットマッサージをしたりと時間をたっぷりとかけます。1時間半ぐらいはかけます。爪に色を塗る場合は2時間ぐらいかけています。

医療と爪切り、病院では誰が切っていいの?

爪切りは原則として医療行為ではないそうですが、介護士さんが切る場合も「爪に異常がない」などのさまざまな条件があるようです。入院患者さんの爪は、ご家族が切るんでしょうね?

山崎
多くの場合は、ご家族でしょうね。看護師さんはご多忙で一人一人の患者さんの爪までは対応出来ないと思います。介護士さんは、入所されている方の爪切りをなさると思います。本当は私たちが週に一回でも出張出来たらいいのですが、感染症の問題もあってなかなかそうはいきません。これも壁になっています。

自分で爪を切れない方を支援する「爪の正しい切り方」の指導

「爪の正しい切り方」の指導ですか? 確かに、自分以外の人の爪を切ると、深爪しないかとか、どんな切り方が正しいかなどわからないので、少しこわい気がします。

山崎
認知症の方、寝たきりの方などの高齢者に限らず、目の不自由な方、車椅子の方、骨折して動けない方など自分自身で爪を切れない方はたくさんいらっしゃいます。『爪の正しい切り方』も広めたいと思っています。爪の正しい切り方、足のかかとなどの硬くなった角質をつるつるにする方法、角質の除去など患者さまが喜ぶことを広めたいのです。分厚く肥厚していたり、変形している足の爪は爪切りでは切れないため削ります。削る方向や削り方などのノウハウもあります。深爪の心配もなく、安全に削る方法の指導は、介護士さんにお教えする活動をすでに始めています。

ネイルセラピーの効果も得られますよね?

山崎
ネイルケアは心が交流します。看護師さんにも、介護士さんにも、きっと役立つと思います。セラピーとしてやるには、まずは笑顔で施術すること、冷たい手で触れない、衛生管理をしっかり行うなどが大事なことです。今後も高齢化は更に進みますのでネイルケアはもっと広まってほしいと心から願っています。介護士さん何人か集まってとか。若干の費用はかかりますが、ぜひお問い合わせください。

超高齢社会での医療との連携

ネイルケアの日本における開拓者だった山崎比紗子さんが「強い信念」でいま挑戦しているのが医療との連携です。

山崎
患者さまのご家族から、急な入院で手術を控えた患者さまから、ジェルネイルを取り外してほしいとか病院まで来てくださいと言われることがあるんです。又、入院なさっていても、大好きだった爪のお手入れをして、綺麗な色に塗ってあげたいということで、お医者さまから承諾をいただき、病室まで伺ってお手入れをすることもあります。超高齢社会が進むなかで、そういう方向にも注力したいと思っています。

爪のトラブル対処もなさっていますが、まさに医療との連携ですね。

山崎
傷んだ爪の修復をすることもやっています。巻き爪や陥入爪(かんにゅうそう)などは病院で医師が炎症を治療し、傷が完治した後のお手入れや適切な爪の切り方の指導をするのが私たちの役目です。今後は医師と連携して普及していくことができれば多くの人々のお役に立てると思います。これから挑戦していきたいと思っています。

『ネイルセラピー』(山崎比紗子・萩原直美著 / フレグランスジャーナル社 / 第7刷増刷2006年初版よりロングセラー)

山崎
『ネイルセラピー』という本がよく売れています。現在、7刷目です。ネイル専門校や美容学校のネイル科の生徒さん達の参考書として、活用して下さっているんです。

ヒサコネイル

取材・文=船引きり

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