かっこよい人

松尾スズキに聞く! コロナ禍における
「もうすぐ60歳」の今の立ち位置

宮藤官九郎、阿部サダヲといった稀有な才能を輩出している「大人計画」の主宰者であり、その他にも、芥川賞候補の作家、岸田國士戯曲賞受賞の演出家でもあり、はたまた屈指の個性派俳優としての顔を持つ松尾スズキさん。
そんな松尾さんが今年の3~4月、2019年に書き下ろした2人芝居を『命、ギガ長スW』として再演する。
現在の貧困問題、高齢者問題を真っ向から取り上げたこの作品にかける思いをうかがうとともに、間もなく60歳になろうとしている心境などについて、話を聞いてみよう。

松尾スズキ
1962年12月15日生まれ。福岡県出身。作家、演出家、俳優。88年に「大人計画」を旗揚げ、主宰として多数の作・演出・出演を務める。俳優としても舞台作品をはじめ、ドラマ・映画など多くの映像作品に出演。小説・エッセイの執筆や映画監督、脚本執筆など、活躍は多岐にわたる。
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なぜ、「老い」をテーマにした芝居を作るのか?

大人計画では、初期のころから作品に「近親相姦」や「障害者の性」といった禁忌的な重いテーマを果敢に取りあげてきた松尾さんですが、近年は「老い」を扱った作品が際立っているように感じます。例えば、松尾さんが50歳のときに作られた1人芝居『生きちゃってどうするんだ』(2012年12月初演)には、その特徴がよく表れていますね?

松尾
作家とか演出家をやりながら俳優をやってきたせいでしょうか、このころの自分は俳優としての立ち位置というか、モチベーションみたいなものにちゃんと向き合う機会がなかったなぁということを感じていて。

どういうことかというと、演出家として充実した仕事をしようとすればするほど、俳優としての仕事がおろそかになるんです。ひとつの作品の中で、演出家と俳優の比重がイコールになることがない。

すると、俳優としての自分はこのまま尻すぼみになって、オサラバするしかないんだろうかと身も蓋もないことを考えるようになって、そうなる前に俳優としての自分をしっかり見つめてみようと思ったんです。

その手段として、自分が主演する1人芝居を作ろうと。

『生きちゃってどうするんだ』は、期限付きの高級老人ホームに入っていた老芸人が100歳になるまで生き、期限が切れたからと施設を追い出されてホームレスになるというお話ですね?

松尾
当時、世間では「消えた100歳以上問題」なんてのが言われてましたね。

戸籍や住民票などの公的記録上に存在している100歳以上の高齢者の多くが実際には存在していないことがわかったことで、「非実在老人」とか、「名ばかり高齢者」なんて言葉がマスコミで言われるようになりました。

そんなとき、ある高級老人ホームの広告を見たんです。
最初に数千万円の入所金を支払えば、20年ほど優雅な介護生活をおくれるという謳い文句を読んで、まてよ、20年以上生きてしまったらどうなっちゃうんだよ? と疑問に思って、ストーリーが思い浮かんできました。

政府が首相官邸に「人生100年時代構想会議」を設置したのが、このお芝居の5年後ですから、世の中の流れを先取りしたテーマですね?

松尾
そのころ、80代後半で特別養護老人ホームに入っていた母のことも頭にあったのかもしれません。母はそのずいぶん前から認知症になって、その施設に入所していました。

2006年5月に上演した『まとまったお金の唄』という芝居には、認知症になった母親が出てきますが、自分の母のことをイメージして書いた記憶があります。

大学の演劇部のように、純粋に
芝居を楽しむ公演をやりたかった

今回、再演される『命、ギガ長ス』も、やはり「老い」というものに向き合った作品だと言えそうです。どんなきっかけで生まれたのですか?

松尾
『生きちゃってどうするんだ』が自分ひとりになって、俳優としての自分に向き合おうとして生まれたのに似ている気がしますね。

『命、ギガ長ス』を初演した2019年は、1000人規模の大きな劇場で作品を上演することが長く続いていて、カンパニーリーダーとしての重責を背負う中で「自分はなぜ、こんなに辛い思いをして演劇をやっているんだろう?」と思っていました。

もちろん、芝居の規模が大きければ大きいほど、それを成功させたときの達成感もあるんですよ。たくさんのお客さんの笑い声や拍手を聞けば、どんな苦労も忘れてしまうほどの愉悦を覚えます。
でも、だからといって、何のプレッシャーもなく純粋にお芝居を楽しんでいた時期への懐かしさと憧れは、確実に自分の中にあるんです。

例えば大学時代、演劇研究会に入って初めて演劇のおもしろさを知ったころは、「辛い」なんて感情は微塵もありませんでした。

そこで、大学の演劇研究会の経験を持つ安藤玉恵に声をかけて2人芝居をやることにしました。

松尾さんの初めてのプロデュース公演で、「東京成人演劇部」と銘打ったのには、そんな思いがあったのですね?

松尾
そうです。旅公演をしたかったので、スタッフも5人くらいに絞ってコンパクトに動けるようにしました。全部で7人だから、アゴアシ代(食費と交通費)もそんなにかからないでしょ?

故郷を失ったことに対する
開放感と浮遊感、そして虚無感

このときは、故郷の北九州でも公演されていますね?

松尾
昔、一緒に芝居をやっていた仲間がたくさん観にきてくれましてね。中には「今、付きあっている人の連れ子で、高校で演劇の部長をやっている」という子を連れてきた人がいて、そのキラキラした目の高校生に「めっちゃおもしろかったです」と言われたときは、うれしかったですね。

「故郷」について、松尾さんにはどんな思いがありますか?

松尾
生まれ育った家は、母が施設に入って数年後、建物が老朽化したので取り壊し、今は駐車場になっているんです。
だから、自分の中で故郷というのは施設で暮らしている母親の中にしかないという気持ちがそのときからずっとあって。

その母も、去年の暮れに亡くなりまして、いよいよ自分にとっての「故郷」と言えるものがなくなってしまいました。今はその開放感というか、浮遊感とか、虚無感とか、そういうものが一度期に訪れて整理のついていない心境にいます。

「8050問題」をポジティブに
生きていく親子を描きたかった

『命、ギガ長ス』は読売文学賞を受賞するなど、高く評価されましたが、これをどう受けとめていますか?

松尾
賞をとれたのは、この作品がわかりやすかったからじゃないですかね。私の芝居というのは得てして複雑で、どこからテーマを持ってきたのかわかりにくいものが多かったのに対して、『命、ギガ長ス』は今ちょうど話題になっている「8050問題」を匂わすような内容ですから。

「8050問題」とは、80代の親の年金にすがる50代のニートの子どもが現在、60万人を超えているというヘビーな社会問題ですね?

松尾
物語の着想を得たのは3年前くらいですから、この問題とリンクしたのはたまたまなんですけどね。

当時はまだ母も存命中で、「8050問題」と違って50代の自分が80代の母を扶養していたわけですけど、もし自分が演劇と出会っていなかったら、逆の設定になっていたかもしれないぞということはよく考えていました。

もしそうだとしたら、ニートの50代だった自分は「後々親がいなくなる」という現実とどう向き合うのか? いや、できる限り向き合いたくないからこそ、「親がいなくなることなどない」という思い込みにしがみつくのではないか? そのようになった親子は、ドキュメンタリー作家に自分たちの生活を取材させてギャラをもらうような攻撃的貧困ニート生活者になるのではないか? などという思いから親子のキャラクターができあがりました。

『命、ギガ長ス』をなぜ今、再演するのか?

初演から2年半後の2022年3月、『命、ギガ長スW』として再演することになったいきさつは?

松尾
たぶん、初演のころから「いつかまたやりたいね」という話はアンタマ(安藤玉恵)としてたんじゃないかな。

ただ、私のほうが2年半も年をとって60歳も目前という年齢になって、50代のニートを演じるにはキツいものを感じました。そこで、アンタマとも仲のいい宮藤(官九郎)に声をかけました。

で、どうせやるなら昼の部と夜の部のキャストを別にするのもおもしろいなと思って、三宅弘城さんとともさかりえさんにも演じてもらうことにして。

宮藤+安藤ペアの「ギガ組」、三宅+ともさかペアの「長ス組」が代わりばんこに登場するというのは、確かにおもしろいアイデアですね。

松尾
演出を始めてみて、すごい大変だなということに気づきましたけどね。1回の公演で2回分の稽古をするわけですから、演出家の仕事が膨大になってます。

ただ、キャストが替わるというだけで全然違う芝居ができあがって、かなり贅沢な企画だなと思ってます。できれば「ギガ組」、「長ス組」、両方を楽しんでほしいですね。

芸術監督就任とともに
コロナがやってきた

ところで、松尾さんは2020年1月、Bunkamuraシアターコクーンの芸術監督に初代の串田和美さん、2代目の蜷川幸雄さんに続く3代目の芸術監督として就任されましたが、これについてはどう受けとめましたか?

松尾
プレッシャーはありましたよね。前任のおふたりは、いずれも日本の演劇界でパイオニアと言える仕事をしてきた方々ですから。
自分はそういうメインストリームの演劇ではなくて、笑いの畑の人間だと思っていたので、「前の芸術監督のほうがよかった」なんて感じで比べられるんじゃないかと。

ですから、ご指名を受けるからには、それなりに万全の準備をしたつもりなんですが、さすがにコロナがやってくることまで予想することはできませんでした。

2021年1月7日、政府が緊急事態宣言を発出したことにより、多くの公演が延期や中止になったり、観客収容率を半分にするなど、さまざまな悪影響を演劇界に及ぼしましたね?

松尾
コロナを最初に意識したのは、その年の2月、『キレイ』というミュージカルの大阪公演をやったときで、キャパ2800人の満場の客席が白いマスク姿で埋め尽くされているのを見たときです。「うわあ」と思わず声が出ました。

でも、その時点ではこんなにコロナの影響が尾を引くとは思っていませんでした。

マスクをしながらの稽古というのは、すごくやりにくいんです。人間の表情の下半分が隠されてしまうから、演技のニュアンスのかなりの部分が伝わらない。演出家にとっても、俳優にとっても、非常に不自由な状態です。

それでも演劇の灯を消すまいと意気込んでみるんだけど、「前に進みなさい。でも、手足は縛るから」と言われてプールに落とされるような心境でした。

辛いですね。マスク以外には、どんな対策をとったのですか?

松尾
稽古場には、PCR検査を受けていない人間の出入り禁止と、入り口での検温が義務づけられていました。キャストもスタッフも、稽古場に着くなり、外で着ていた服を脱いで、別の服に着替えなければなりませんでした。その他、喫煙所や食堂での会話禁止、持ち物を床に置かない、などの厳しい掟がありました。

辛かったのは、打ち上げで飲みに行けないということです。
コロナでいくつか仕事が飛んだおかげで、新作ミュージカル『フリムンシスターズ』の脚本執筆がはかどり、事前の公演準備も万全で本番に臨むことができましたが、その東京公演の1か月間も、大阪公演の10日間も、一度も飲みに行くことができませんでした。

キャストにとっても、スタッフにとっても、初日の本番を迎えるまでのプレッシャーはハンパないですから、その労をねぎらう意味でも、本番の幕を開けたあとの打ち上げは重要な場になっていたんだなと再認識しました。もちろん、千秋楽ですべての公演を終えたあとの打ち上げにも大きな意味があります。それがあるのとないのとでは、こんなにも気持ちの余裕が違うんだなと思いましたね。


「コロナの荒野」を生きていく

コロナとの悪戦苦闘の中、2020年7月には『劇場の灯を消すな!Bunkamuraシアターコクーン編 松尾スズキプレゼンツ アクリル演劇祭』がWOWOWライブで放送されましたね?

松尾
WOWOWから「コロナ禍で閉じている劇場を使って何かやりたい」と話を持ちかけられたのが『劇場の灯を消すな!』シリーズの企画です。
出演者全員が前・左右3面をアクリルボードで囲まれた中で唄や芝居をやるという趣向を思いついたんです。コロナに対して「白旗はあげねぇぞ」という気持ちから生まれた企画だと言えそうですね。

『アクリル演劇祭』が放送されたころ、私はシアターコクーンのホームページに「コロナの荒野を前にして」という声明文を発表しました。

25歳のとき、東京で初めて芝居をやろうとしたとき、友達も仲間もほぼゼロ、舞台には美術セットはなく、椅子が5つあるだけ。出演者は5人、客は身内が50人でした。そんな「荒野」と呼べる場所から芝居をはじめた自分の目に、今のコロナ禍の状況が重なって見えたんです。

現時点でも、コロナがどうなっていくのか見えない中にありますが、荒野に立ちがちな演出家として、これまで通りにやっていくしかないのかなと思っています。

貴重なお話をどうもありがとうございます。

東京成人演劇部vol.2
『命ギガ長スW』再演決定!!

『命ギガ長スW』ポスター

松尾スズキが、2019年に書き下ろした第71回読売文学賞(戯曲・シナリオ賞)受賞の話題作『命ギガ長ス』が2022年、「8050問題」がよりリアルになった世の中に再び問い直す。
しかも、タイトルを『命、ギガ長スW(ダブル)』と一新し、宮藤官九郎+安藤玉恵の「ギガ組」、三宅弘城+ともさかりえの「長ス組」によるナイスなダブルキャストでの再演です。
認知症の年老いた母親と、その年金を当てに生活しているニートでアルコール依存症の中年の息子が自らの貧困生活をポジティブに生きていくシニカル・コメディ。舞台上の役者の息遣いまで感じられる空間で濃密な芝居が繰り広げられます。
東京公演は初演と同じく、「ザ・スズナリ」で、約1か月の上演。その後さらに大阪、北九州、松本へと巡演いたします。是非ご期待ください!

  • 作・演出:松尾スズキ
  • 出演:宮藤官九郎+安藤玉恵(ギガ組)、三宅弘城+ともさかりえ(長ス組)
  • 東京公演:2022年3月4日(金)~4月4日(月) ザ・スズナリ
  • 大阪公演:2022年4月7日(木)~4月11日(月) 近鉄アート館
  • 北九州公演:2022年4月15日(金)~4月17日(日) 北九州芸術劇場 中劇場
  • 松本公演:2022年4月23日(土)~4月24日(日) まつもと市民芸術館 実験劇場

取材・文=内藤孝宏(ボブ内藤)
撮影=八木虎造
スタイリスト=安野ともこ

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