麻倉未稀インタビュー【前編】
デビューから40年を経た歌手人生
2022年7月にデビュー40周年記念アルバム『人生はドラマ これからも続く私のヒーロー物語』をリリース、7~8月にアニバーサリーライブ3公演を開催する麻倉未稀さん。大ヒット曲「ヒーロー」をはじめとしたパワフルな歌声が印象的な麻倉さんのこれまでの歌手人生とは、どんなものだったのだろうか。インタビュー前編ではデビュー当時の記憶から、歌手として悩んだ30代、そして2017年の乳がん発覚と復帰ライブで感じた思いについて話を聞いた。
- 麻倉未稀
1960年、大阪府生まれ。1981年、シングル『ミスティ・トワイライト』でデビュー。ジャンルを超えた類まれな歌唱力で、テレビドラマ『スクール・ウォーズ』『スチュワーデス物語』の各主題歌「ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO」「WHAT A FEELING~フラッシュダンス」等、大ヒット作品を持つ。2017年に乳がんが発覚し、全摘&乳房同時再建手術を受けるも奇跡的な回復力で、術後3週間でステージに復帰。その後も精力的に音楽活動を続ける一方、2018年には「ピンクリボンふじさわ」を立ち上げ、乳がんの啓発運動にも力を注いでいる。
21歳でデビューした当時の記憶
40周年おめでとうございます。
麻倉
ありがとうございます。
麻倉さんは21歳でデビューされましたが、1stシングル『ミスティ・トワイライト』が発売された当時のお気持ちは覚えていますか?
麻倉
キングレコードさんからのデビューが決まって、割とトントン拍子で進んでいったんですよね。レコーディングの時に結構夜遅い時間に終わってタクシーが拾えなくて、当時ウォークマンを買ったばかりだったんですけど、それで「ミスティ・トワイライト」をずっと聴きながら、あまりの嬉しさに青山くらいまで歩いちゃったんです(笑)。
ものすごく距離がありますよね…!?
麻倉
はい、ものすごく(笑)。その間、空車も通っていたんですけど、もうちょっと聴きたいと思って(笑)。何月頃だったかな…確か季節的にも良い時期だったんですよね。
発売が8月なので、春か初夏くらいだったのかもしれないですね。
麻倉
デビュー作だったので、割と早めの5月くらいだったのかもしれませんね。すごく良い季節で、深夜はほとんど車も通っていないので、仮ミックスしてもらった音源を聴きながら歩いて。当時は中目黒に住んでいたんですけど、さすがに青山辺りでくたびれて、最終的にはタクシーに乗りましたけど(笑)。あの時は本当に嬉しかったなと思い出します。
レコードが店頭に並んだ時はいかがでしたか?
麻倉
レコード店にご挨拶に行ったりすると、ちゃんと並べてくださっているんですよね。そこで「あっ、デビューするんだな」という実感がやっと出てきましたね。
初めてステージに立った時はいかがでしたか?
麻倉
初ステージ…!? どこだろう(笑)。初めて歌った場所というと…当時、音楽番組に出るためにまずテレビ局のオーディションがあったんですよ。なので、そこで歌った時のことは非常に覚えていて。受けたその日にすぐ合否が出るんですが、不合格になる方もいらっしゃるんですよ。「デビューしたのに、まだオーディションがあるんだ!?」と、ビックリしちゃいました。今の方はそういうのはきっと経験していないですよね。羨ましいなと思います(笑)。
当時は歌番組全盛期という時代ですよね。
麻倉
そうですね。生番組で初めて歌ったのは『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系列)かもしれません。当時、テレビにあまり出ないというのが売りになっていたんですけど、但し生番組は出るみたいな感じで。メドレーで近藤真彦さんの曲を歌ったんですが、どうやって歌ったかわからないというくらいドキドキしていたのを覚えています(笑)。
生演奏の生放送ですから、とてつもなく緊張しそうですね。
麻倉
もう本当に緊張しました。終わってからプロデューサーさんにご挨拶に行ったら「緊張するだろう?」と言われて、「はい…!」と答えながら手が震えていました(笑)。
歌手として悩んだ30代
このたびリリースされるデビュー40周年記念アルバム『人生はドラマ これからも続く私のヒーロー物語』には、過去のオリジナル音源も3曲収録されるわけですが、当時のご自身の歌声を今聴いて、どのように感じますか?
麻倉
時々どこかで流れると「私の妹が歌っています」って言うんですけど(笑)。やっぱり声が若いなぁと思いながら、その時はその時で必死に歌っていたというのは私なりに感じます。今はドスの効いた声なので、もうあんなに可愛くは歌えないなと思いますね(笑)。
やっぱり麻倉さんと言うとパワフルな歌声のイメージが強いので、今回の作品で20代の頃の歌声を聴いて、声って変わるんだなと歴史を感じました。
麻倉
変わりますよ~(笑)! 時々カラオケの番組で自分の歌を歌わなきゃいけない時があるんですけど、当時のメロは覚えていないんですよ。今はほぼ変えて歌っているので。だから、そういうのもあって当時の音源を聴くと、なんだかくすぐったくなります(笑)。
今作にも収録されている「ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO」は、麻倉さんが人生で一番歌った曲なんじゃないかなと。特にテレビ番組では「ヒーロー」の歌唱をお願いされることが多いと思いますが、正直もうこの曲は歌いたくないなという葛藤の時期はありませんでしたか?
麻倉
それはちょっとありました(笑)。30代前半くらいはあまりにも歌い過ぎていて、もうどうしたらいいかわからないという感じでした。それを乗り越えてからのほうが面白かったかなと。乗り越えるのに3年くらい掛かりましたけど。だからと言って歌っていないわけではなく、やっぱり歌っていたんですけど、何か自分らしくないなと思いながら歌っている時期がありました。歌手にとっては30代って一番中途半端な年代なんですよね。まだちょっと若さも引きずりつつ、でも若くはない。もっと年齢を重ねるとそれなりに開き直れるんですけどね(笑)。だから、「ヒーロー」以外の曲も含め、自分でどういう風にしていけばいいか非常に悩んでいましたね。
その後、どのように考え方が変わっていったのでしょうか?
麻倉
ちょっとずつ開き直っていったんだと思いますけど(笑)、自分が思うように歌っていったほうがいいなと。やっぱり縁があっていただいている曲なので。今だと皆さん結構カバー曲を歌っていらっしゃるので、「私のほうが先よ?」と言いたくなっちゃいますけど(笑)、当時ってカバー曲と言うと「なんでオリジナルがないの?」と言われていた時代で。ただ、私にとってはカバーだろうがオリジナルだろうが、関係なく歌うのが当たり前だと思っていたんです。と言うのも、私が子供の頃って洋楽の番組もいっぱいあって、日本の歌手の人が歌っていらした。だから壁みたいなものが全くないんですけど、私がデビューしてからはジャンルという隔たりができて、「ジャズなの? 何なの?」と言われた瞬間に「え、ジャンルを決めなきゃいけないんですか?」って思って。それが私の悩みの中の一つでもありましたね。
今作に収録されている楽曲の中にも、洋楽がオリジナルのものがありますよね。
麻倉
そうなんですよ。「SHOW ME」も「CHA-CHA-CHA」もそうですしね。
日本でのドラマの主題歌としてのイメージが先行していたので、それが実は洋楽のカバーだったとは意外でした。
麻倉
やっぱり洋楽の曲に日本語を乗せるのって難しいんですけど、それが上手くハマっているんじゃないかなと思います。私は当時、「SHOW ME」は(森川)由加里さん、「CHA-CHA-CHA」は(石井)明美さんが歌っているのを生で聴いていて、日本語が上手く乗っているなぁ、良い曲だなと思いました。袖で聴いていて、一緒に踊ったりしていました(笑)。
ターニングポイントとなった乳がんの告知
40年間というのはとてつもなく長い時間ですが、麻倉さんの歌手人生の大きなターニングポイントを挙げるなら?
麻倉
やっぱり乳がんの告知を受けた時が一番ですね。生きるか死ぬかの瀬戸際になったので。それまでは割と年齢ごとに壁にぶち当たって、色々なターニングポイントがあったんですけど、最終的には5年前の告知が一番大きなことでした。それがあって還暦を迎えたので、開き直りと言うと怒られるんですけど、とりあえず自由に生きようと思いました。世界的なパンデミックや戦争が起きたり、いつどうなるかわからない。1日1日を大切にしながら自由に人生を楽しもうと思ったのも、がん告知があったからこそ、そんな風に還暦を迎えられたのかなと思っています。
全摘出&乳房同時再建手術を受けて、術後3週間でステージに復帰されたのは驚異的です。早く復帰したいという思いが強かったのでしょうか?
麻倉
それはありました。歌えなくなるんじゃないかという恐怖心と、仕事ができなくなるのかなというのと全部重なっていたんですが、主治医からは「3日で歌えるわよ」と言われて(笑)。さすがにそれはないんじゃないかなと思いましたよ。でも、番組でがんが見つかったので、その取材が入るために個室に入院していたのですが、個室だったらちょっとくらい声を出してもいいかなと思ってハミングブレスから入ってみたら、何となく声が出るなぁと。先生の言っていたことは本当かもしれないと思って(笑)。
なんと…!
麻倉
ただ、病室でそんなに大きな声を出しているわけではないので、実際に歌えるかというのはわからなかったですが、1日1日ちょっとずつ「アメイジング・グレイス」のような重くも歌えるけど軽くも歌えるようなものを歌っていたら、どうやら廊下に聴こえていたらしくて(笑)。私は小声で歌っていたつもりが、看護師さんから「良い歌を聴かせていただいて元気になりました!」と言われて「え!?」みたいな(笑)。それくらい割と普通に歌えるんだなと。ただ、1曲は歌えてもステージとなるとどこまで歌えるのかというのは私自身まだ見えなかったんです。
ステージとなると、かなり体力が必要ですもんね。
麻倉
術後3週間でのステージの手前にリハーサルがあって。まだ抜糸して間もないか、抜糸したばかりの頃だったので、響くと傷口が痛いんですね。なので、どこに呼吸を入れれば歌いやすくて痛くないかという場所を探していて、「あ、背中に入れればいいんだ」と気付いたら、(庄野)真代さんが「そうよ、背中に入れると楽よ」と(笑)。「なるほどね~!」なんて会話をしながらリハーサルを終えて、本番を迎えました。私の場合は、乳がんのサブタイプがルミナルAタイプという割と緩やかなもので、ホルモン治療を10年続け再発や転移がないかを検査しながらしっかり見ていかなければならないけれど、一粒の小さな薬を飲むだけで、副作用があったとしても抗がん剤治療や放射線治療での通院がなかったので、そういったところでは歌える環境になっていたと思います。但し、やっぱり傷口は痛かったですよ。
復帰ライブで感じた思い、人に甘えるということ
復帰ライブとなった庄野真代さんとのジョイントライブで感じた思いはどのようなものでしたか?
麻倉
ライブ自体は先に決まっていたので、術前に真代さんにお電話をして「復帰ライブにしていいですか?」とご相談したら、「え、本当に歌うの!?」と言われましたね(笑)。先輩の胸をお借りして、3~4曲歌わせていただきました。色々な方に支えていただいたので、いきものがかりの「ありがとう」は歌いたいと言っていたんです。それは一度、(澤田)知可子さんと真代さん、私、知可子さんのご主人と、4人でアカペラでステージで歌ったことがあって、それがすごく私の中で心に残っていたので。最終的には真代さんがご夫妻を呼んでくださって、4人で歌いました。そうやって先輩が私のわがままを色々と聞いてくださって、一生懸命考えて私のためにオリジナル曲も作られて。今まで自分がステージ上で座って聴くなんてことはなかったんですけど、私が真ん中に座って、うちのギタリストとデュオで真代さんが弾き語りをしながら歌ってくださったんです。それは逆に復帰ライブとしてはすごく贅沢で、心に残るものだったなと、忘れられないものですね。
歌うことにプラスして、お客さんの前に立つというのはどのようなお気持ちでしたか?
麻倉
皆さん心配してくださっていたので、それなりに大変だろうけど、私がこうして歌っているということに感動してくださって。それはそれで、早く復帰ライブをして良かったなとは思いました。ただ、ちょっと無謀だったなと、もうちょっと休んでおくべきだったなと今頃になってわかります(笑)。でも、あの頃はやっぱり必死でしたね。早く歌いたい!みたいな。
早く歌いたい、ステージに立ちたいという目標や気持ちがあったほうが、体も早く元気になっていくのかもしれないですね。
麻倉
家でフツフツと考えるよりは、まず行動したほうが…とは言え、皆さんにすごく迷惑を掛けながら行動していたんですけど。例えば自分で車を運転できないので、以前付き人だった方が当時たまたま近所に住んでいて、「運転くらいやりますよ!」と言ってやってくれたり、本当に色々な方の手を借りて。手を借りるってこういうことだったんだと実体験しました。あまり甘え上手ではないので、そこで初めて、甘える時は思いきり甘えたほうがいいんだなと、それに対してちゃんと感謝をしていればいいんだというのを教わりましたね。病気をしないと、弱い部分を見せられなかったのかもなというのは感じます。
インタビュー後編では、術後の体が歌声にもたらした影響、歌手活動の傍ら注力している乳がんの啓発運動、さらに40代から60代の変化や今後の目標について伺います。
後編記事はこちら→ 麻倉未稀インタビュー【後編】乳がんがもたらした影響と飽くなき探究心
リリース情報
デビュー40周年記念アルバム『人生はドラマ これからも続く私のヒーロー物語』
- レーベル:キングレコード
- 発売日:2022年7月27日(水)発売
CD収録曲
- WHAT A FEELING~フラッシュダンス/ドラマ『スチュワーデス物語』主題歌
- ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO/ドラマ『スクール☆ウォーズ』主題歌
- RUNAWAY/ドラマ『乳姉妹』主題歌
- NEVER/ドラマ『不良少女とよばれて』主題歌
- 愛は眠らない/ドラマ『花嫁衣装は誰が着る』主題歌
- CHA-CHA-CHA/ドラマ『男女7人夏物語』主題歌 with つのだ☆ひろ、石井明美
- SHOW ME/ドラマ『男女7人秋物語』主題歌
- 恋におちて-Fall in love-/ドラマ『金曜日の妻たちへIII-恋におちて-』主題歌
- ダンシング・ヒーロー/ドラマ『マドンナ先生はロックンローラー! 』挿入歌
- PRIDE/ドラマ『ドク』主題歌
- リバーサイド ホテル/ドラマ『ニューヨーク恋物語』主題歌
- 駅/映画『グッドバイ・ママ』主題歌
- ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO(40th FIRST TAKE version)
- The breath of life(作詞:松井五郎/作曲:庄野真代/ゲストヴォーカル:庄野真代、石井明美、澤田知可子)※新曲
※01~03は当時のオリジナル録音、それ以外はすべて新録音
DVD収録曲
- WHAT A FEELING~フラッシュダンス(1984年「OVER THE RAINBOW」より)
- ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO(1985年「GLORIOUS LIVE」より)
- RUNAWAY(1985年「GLORIOUS LIVE」より)
ライブ情報
「麻倉未稀 デビュー40周年記念LIVE ~Birthday & 復活5周年~」
- 7月26日(火)COTTON CLUB(東京)
- 8月1日(月)ビルボードライブ大阪
- 8月21日(日)ビルボードライブ横浜
Special Guest:庄野真代、石井明美、澤田知可子(※大阪公演除く)