楽しいことは自分の中に閉じ込めないで語り合う!
宮本信子流の人生を豊かに楽しくする方法
映画『メタモルフォーゼの縁側』に出演している女優の宮本信子さん。ボーイズラブ漫画に夢中になる75歳の女性・雪さんを実に魅力的に演じており、好きなことに情熱を注ぐワクワク感は何歳になっても色褪せないと感じさせてくれます。ずっと第一線で活躍している宮本さんの演技の作り方、ジャズシンガーとしての活動など、さまざまなお話を伺いました。
- 宮本信子(みやもとのぶこ)
1945年生まれ、北海道生まれ。1963年文学座附属演劇研究所、1964年劇団青芸「三日月の影」(別役実・作)で、初舞台。1985年、映画『お葬式』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、第61回キネマ旬報主演女優賞を受賞。以降、舞台、ドラマ、映画のほか、ジャズライブに出演するなど多方面で活躍。近作は『キネマの神様』(2021)『春の翼』(NHK /2022)公開待機作は『ハウ』(2022)。2014年紫綬褒章、第76回毎日映画コンクール田中絹代賞受賞。
ボーイズラブ漫画にハマる75歳の女性役
映画『メタモルフォーゼの縁側』は、鶴谷香央理の同名コミックの映画化作品。引っ込み思案で周囲から少々孤立している17歳の高校生、うらら(芦田愛菜)が、大好きなボーイズラブ漫画をきっかけに75歳の女性、雪(宮本信子)と出逢います。「やっと大好きな漫画について話し合える相手を見つけた!」と、年齢差を飛び越えて、楽しそうに語り合う二人。その友情の軌跡、煌めく日々を綴ったのが本作です。宮本信子さんは、ボーイズラブ漫画に少女のように心をときめかせる雪さんをとてもチャーミングにかわいらしく演じています。宮本さんに、この作品の魅力など、お話を伺いました。
映画『メタモルフォーゼの縁側』を見せていただきました。何歳になっても大好きなものに心ときめかせることが幸せの秘訣というようなことが描かれていて、とても元気になれる素敵な作品ですね。まず、この作品に惹かれた理由を教えてください。
宮本信子さん(以下、宮本)
この映画のプロデューサーと脚本の岡田惠和さんからお話をいただいたことがきっかけです。確か新型コロナ感染拡大の前でした。
そのあと正式にご依頼をいただいて、原作の漫画を読みました。鶴谷香央理さんの絵がとても素晴らしく、優しくて穏やかでいいお話でしたし、雪さんのキャラクターもとても素敵。「私でいいのかしら?」と思ったのですが、この年で、こんなに魅力的なキャラクターを演じられるなんて幸せだわと思いましたね。
おしゃれな女性・雪さんの衣装に注目
雪さんのキャラクターはどのように解釈されて演じたのでしょうか?
宮本
雪さんは普通の75歳の女性です。普通といっても幅広く、その定義は難しいので、演じる上では、自分で決めていかないといけません。私は原作と脚本を読んで自分の中でイメージを膨らませて、雪さんという人物を作っていきました。
雪さんは、夫に先立たれ、子供も自立をしたので、書道教室をやりながら、ひとりでのんびり生活しています。とても上品で、自己主張も強くなく、お茶目なところもあって可愛らしい方です。衣装や小道具にも助けてもらいながら雪さんを演じました。
雪さんはとてもおしゃれで、お洋服や家のインテリアなどに、人柄が滲み出ていますね。
宮本
そう、雪さんはとってもおしゃれなんです。70代になると、どうしても茶色とか地味な色を選びがちですけど、雪さんは、グリーンの靴をアクセントにしていて、センスの良さを感じました。やりすぎると下品になってしまいますが、雪さんは、そのさじ加減が絶妙なんです。
スタイリストさんや狩山俊輔監督と相談をして、衣装や小道具も決めていきましたね。そうそう、物を大切に長く使う方だと思ったので、書道を習っていた母のバッグ数点、財布、ハンカチなどを持参したんですよ。
芦田愛菜さんと10年ぶりの共演!
雪さんとボーイズラブ漫画で繋がる17歳のうららさんを芦田愛菜さんが演じていますが、久しぶりの共演ですよね。いかがでしたか?
宮本
映画『阪急電車 片道15分の奇跡』(2011)以来の共演です。その頃、愛菜ちゃんは7歳。私と手を繋いで歩くシーンなど、寒さで小さな手が震えていたことを覚えています。「寒いでしょう」と言っても決して甘えたりせず、我慢強くて頑張り屋さん。10年を経て再会したら、本当に素敵な女優さんになられて。仕事と学業を両立して、今でも頑張り屋さんなんだと思いました。
愛菜さんのこと、良く覚えてらっしゃったんですね。
宮本
10年ぶりの共演ですが、一度一緒にお芝居をしていますから、愛菜ちゃんに対して安心感がありました。やはりそこは初めましての挨拶から始まる関係性とは違います。一度お芝居を一緒にしていると相手のことがわかりますから。特に雪さんとうららさんの関係は、友情を育んでいく設定なので、うららさんの役が愛菜ちゃんで本当に良かったです。
コミュニケーションを奪われたコロナ禍での撮影
宮本さんには、雪さんとうららさんのように年齢差のある友達はいらっしゃいますか?
宮本
残念ながら10代のお友だちはおりませんねえ。若くて50代かしら。撮影のときも、愛菜さんとゆっくりお話しできなかったんです。何しろコロナ禍での映画撮影だったので。
やはりコミュニケーションの機会を奪われるのは本当に困りますね。この業界だけでなく、皆さんそうじゃないですか? やはり目を見て話して、ときには一緒にお食事をしたり、お酒を飲んだりして、楽しい時間を過ごすことが、いかに大切か。それがあるから大変なお仕事も頑張れるんだと、コロナ禍でつくづく思いました。
コロナ禍での撮影は苦労されたのですね。
宮本
でも、大変だったのは私たちだけじゃなく、ミュージシャン、舞台関係者、飲食業、旅行会社の方など、さまざまな職業の方が大変な苦労を余儀なくされたのではないでしょうか。想像すると言葉に詰まります。でもだからこそ、少しずつ良くなっていくように、お互い頑張りましょうという思いです。
楽しいことは自分の中に閉じ込めない
雪さんはボーイズラブ漫画に夢中になることで、生活がイキイキと色づいていきますが、宮本さんは雪さんみたいに夢中になるものはありますか?
宮本
漫画ではないけれど、一時期、韓国歴史ドラマ「トンイ」にハマりました。早く続きが見たくて気になって仕方がなかったり、このドラマを見ているお友達と「王様が素敵よね」と熱く語り合ったりしていましたね。だから、雪さんが誰かと、この面白さ、楽しさ、魅力を分かち合いたいという気持ちはすごく共感できます。
やはり良いこと、楽しいことは、自分ひとりの中に収めてしまうより、誰かとその魅力について話して、共感し合いたいですよ。だって、それはとても楽しい時間ですから。
ジャズシンガーと女優のお仕事の魅力
宮本さんは女優業の他にジャズシンガーとしてライブもされていますよね。
宮本
はいジャズのお仕事はとても楽しいです。あまりお仕事という感覚ではなく、楽しいから歌っているという感じです。始めたばかりの頃は、3年くらい続けばいいなと思っていましたが、もう20年以上続いています。
歌手と女優では使う脳が違うんですね。だからバランスよく切り替えて続けていられるのではないかと思っています。何より歌を歌うと気持ちがスッキリしますから、本当に気持ちよくてやめられません。大きな声で歌うのは、すごく楽しいし、楽しいことをしているときが、私はいちばん幸せですね。
女優のお仕事の喜びはどこにありますか?
宮本
自分の肉体を全て使って、演じる役を想像して、自分ではない違う人物を演じることが楽しいです。正解はないお仕事なので、演じるキャラクターの後ろに、その人の人生があると思っています。
人間は複雑な生き物ですから、いつも喜怒哀楽がストレートに出ることはありません。本当の気持ちを隠すために「楽しい」と言っているのかしらとか、キャラクターの心、そのときの気持ちを考えるのが、私はとても楽しい。また、この役はこういう性格だから、小道具はこれがいいんじゃないかしらとか、そういうことを考えながら役を作り上げていくのが好きですね。
今回も監督と話し合いながら作り上げていきました。「ここで座った方が、雪さんらしいのでは?」など、私は監督にもいろいろ意見を申しげます。そうやってコミュニケーションをとりながら、ひとつの役を作り上げていくことが大事だと思います。
幸福は家の中ではなく外にあるかもしれません
キネヅカの読者は、50代以上が多く、人生を楽しむためにどうしたらいいだろうと悩まれている人もたくさんいるのですが、人生を豊かにするコツなどメッセージをいただきたいです。
宮本
自分が興味を持てること、好きなことをやるのが一番だと思います。この世の中、いつ何が起こるかわからないじゃないですか。健康で体が動けるうちに、ひとつでも自分のお楽しみを作って、それがハマったら最高だと思います。趣味ができれば、交友関係も広がり、新しいお友達もできるかもしれません。だから、ずっと家にいないで、お外に出てください。皆さんの人生を豊かにする可能性がたくさんあると思います。
健康といえば、宮本さんは体にいいこと、何かされていますか?
宮本
適度な運動はしています。私はジム派ではないので、ウォーキング、ジャズダンス、ストレッチなどですね。食生活も気をつけていますが、好きなお酒を飲んだり、食べたいものを食べたり、自分を甘やかすこともあります(笑)。
私は物事をキチキチに決めてしまうのが苦手。それを守ることにくたびれてしまうので、ゆるーくできる範囲でやっています。皆さんも、もう十分頑張ってこられたんですから、キチキチ決めないで、楽しいことを探して、豊かな生活を送っていただきたいです。
インタビューを終えて
女優のお仕事は綿密に役作りをして、小道具までしっかりこだわってキャラクターの魅力を最大限に引き出すお芝居をする宮本さん。お話を聞いて、どんな役でもハマり役にしてしまう宮本さんの女優力の一端を垣間見られた気がしました。一方、私生活では楽しいことをやっているときが幸せというホンワカ温かい雰囲気が素敵。人生を楽しんでいる様子は、映画『メタモルフォーゼの縁側』の雪さんそのものでした。
ちなみに『メタモルフォーゼの縁側』、是非キネヅカ世代の方に見ていただきたい! 人生を豊かにするコツがいっぱい詰まっている作品です。宮本信子さん演じる雪さんが、楽しい毎日にする秘訣を教えてくれますよ。