楽しく学び、活躍できる「新しい高齢社会」をデザイン KIITO副センター長 永田宏和さんインタビュー
新たな分野に挑戦したり、趣味を生かして若い世代と交流を深めたり、時には街を飛び出して活動したり。そんな元気なシニアが多数活躍していると聞いて、神戸市のデザイン・クリエイティブセンター神戸、通称「KIITO」を訪ねました。KIITOはさまざまな世代や職種の人が集まるクリエイティブの拠点として知られ、副センター長を務める永田宏和さんを中心に、デザインやアートの力で身の回りの社会課題に取り組んでいます。近年、特に力を入れているのが地域や社会とシニアを結ぶ活動。2015年には「高齢社会における、人生のつくり方」をテーマに「LIFE IS CREATIVE展」を開催。パンづくりの名手「パンじぃ」が生まれた「男・本気のパン教室」や「洋裁マダム」が集う「大人の洋裁教室」などのプロジェクトも好評です。KIITOのユニークな試みはどのようにはじまり、広がっていったのでしょうか。永田さんにお話を伺いました。
- 永田宏和(ながた ひろかず)
1968年、兵庫県西宮市生まれ。企画・プロデューサー。デザイン・クリエイティブセンター神戸「KIITO」副センター長をはじめ、株式会社iop都市文化創造研究所代表取締役、NPO法人プラス・アーツ理事長などを務める。現在「+クリエイティブ」をコンセプトに、神戸市や地元企業と協働しながら防災、福祉、まちづくりなど、さまざまな分野の社会課題解決に取り組んでいる。企画・プロデュースの仕事に、都市キャンペーン型アートイベント「水都大阪2009・水辺の文化座」(2009年)、楽しく学ぶ防災訓練「イザ!カエルキャラバン!」(2005年~)、子どもがつくる夢のまち「ちびっこうべ」(2012年、2014年、2016年)などがある。TBSテレビ「情熱大陸」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などメディアにも多数出演。
シニアが新しい世界にチャレンジできる場所がなかった
企画・プロデューサーとしてまちづくりを手がけてきた永田さんが、シニアに関わるプロジェクトをはじめたきっかけを教えてください。
永田
⺟が通うかどうか決めるため、地元のデイサービスセンターを一緒に訪問した時の体験がきっかけです。「ぬり絵」や「体操」などのプログラムを見学しても、母は気乗りしない様子だったんですね。もちろん楽しく取り組む方もいましたが、私自身も「今の高齢社会のプログラムは貧弱だな、シニアがもっと楽しめるものがほかにもあるんじゃないか」と感じました。そこからアンテナを張ってみると、イギリスのミュージアムでは、シニア向けのアーティストのワークショッププログラムが行列を作っていることなど、ユニークな事例をたくさん知ることができました。母も昔から芸術が好きな人だったのでそういったプログラムがあればよかったのですが、残念ながら日本にはアートやクリエイティブとシニアを結ぶものはあまりなかった。また、高齢社会を考えることは、自分の未来を考えることでもあります。10年後、20年後、遠くない将来には自分もシニアの仲間入りです。そこでシニアに向けたプログラムをKIITOでやってみようということになりました。
目指したのは、シニアが前向きに、楽しく取り組めるプログラムですね。
永田
さらに、なにかしらの技術を得られるものですね。単なる暇つぶしではなく、誰かに振舞って喜ばれるスキルを身につけることが重要ではないかと考えました。新たに得たスキルで夫や妻、孫を喜ばせることからはじまり、その延長線上に地域の人を喜ばせられる場があれば、シニアの人生の楽しみ方は変わってくるだろうと思ったんです。
「わしはこういう、かっこいいことをやりたかった」
プロジェクトはどのようにスタートしたのですか?
永田
KIITOでは子どもたちがワークショップ形式でまちづくりにチャレンジする「ちびっこうべ」という看板事業を二年に一回、開催しています。その間の年で社会課題をテーマにしたクリエイティブな展覧会を開催しており、2013年には防災を取り上げました(http://www.earthmanual.org/)。2015年の展覧会で高齢社会にスポットを当てようということになり「高齢社会における、人生のつくり方」を掲げた「LIFE IS CREATIVE展」を企画。シニアとメディア、シニアと食、シニアと公園など8つのテーマに絞りこんでリサーチやアクションに取り組み、その成果を展示したり、会期中に公開勉強会を実施したりすることにしました。
KIITOスタッフには若い世代の人が多い印象を受けましたが、みなさん高齢社会に関心を抱いていたのですね。
永田
スタッフは正直「また永田が新しいことをやろうと言ってる」と思っていたと思います(笑)。やはり身近な課題ではなかったでしょうね。ですから、ずばり高齢社会を考えるより、それまでスタッフ一人ひとりが関心を持って取り組んできたKIITOのプロジェクトとシニアを結ぶことにしました。これでかえって新しいアイデアが出たのだと思います。シニアと大学生が地域のフリーペーパーを制作したり、子どもたちとシニアのためのふれあい喫茶をしたりと「LIFE IS CREATIVE展」では、高齢社会の楽しみ方を多面的に提案できたと思います。
超高齢化という時代的な背景があり、永田さんご自身のきっかけとKIITOの実績がかけ合わさって展覧会開催に至ったのですね。「男・本気のパン教室」の「パンじぃ」、「大人の洋裁教室」の「洋裁マダム」など、参加したシニアの反響はいかがでしたか?
永田
ある「パンじぃ」の言葉が心に残っていますね。「わしはずっと、こういうかっこいいことを求めてたけど、誰もやってくれへんかった。これからもやり続けてくれ」と激励してくださったんです。私たちが提案した高齢社会のあり方を待っていたシニアもいると、勇気づけられました。
その言葉通り「男・本気のパン教室」は、さまざまな場所で続けられているそうですね。
永田
KIITO主催の教室から一期生が生まれ、その後、ある区の社会福祉協議会が主催して研修後、地域のコミュニティカフェで月一回パンを焼いてもらう二期生につながりました。今では神⼾市のシルバーカレッジのカリキュラムのひとつとしても継続的に実施されています。来年は佐賀県、広島県などの地方にも展開していく予定ですから、ますますたくさんの「パンじぃ」が活躍しますよ。
新しいプロジェクトを生み出し、続けられる秘訣は何だと思いますか?
永田
私たちのプロジェクトが実を結ぶ理由のひとつは、すぐにアクションを起こすことだと思います。悩むくらいならやってみるというチャレンジ精神と心意気が大切で、うまくいけば続くし、だめだったらそこから考え直せばいいんです。また「男・本気のパン教室」でいえばシェフなど、さまざまな事業を経たつながりから「やってみよう」となったら「面白い、やってみましょう」と、気概を持って協働してくれる多彩な職種のパートナーがいることも強みになっていますね。
シニアと街が出会えば、高齢社会が楽しく変わっていく
現在の活動について教えてください。
永田
「パンじぃ」「洋裁マダム」に続く、シニアのプロジェクトを考える場として「+クリエイティブゼミ」を開催しています。これは、公募で集まった市民のみなさんが、食、ものづくり、観光などのテーマに分かれてチームを組み「シニアがワクワク参加できて、そこで培ったスキルでイキイキと地域で活躍できる」新しい企画を考えるというもの。学生、社会人、主婦、シニアなど多世代のさまざまな職種の人が一堂に会して意見を交わしています。今、各チームからおもしろいアイデアがたくさん出ていますから、これをもとにシニア向けのカルチャースクールを開催しようと妄想中です。
誰でも参加できる場から、新しいプロジェクトが生まれていくというのはすごいですね。
永田
地域に根ざしたアイデアをより広く求めることは、私がまちづくりのワークショップをはじめた20年近く前から続けていることです。ただしアイデアが固まったあとは、私たちスタッフも入って事業化に向けて落とし込んでいきます。⾨⼾を開いたうえで、閉じて揉んで固める覚悟があるからこそ、アイデアを具現化することができるのかもしれません。
神戸の人たちはまちづくりの意識が高く、文化的な下地などプロジェクトの素材も豊富。外から見れば、とても恵まれた環境です。
永田
うーん、どうなんでしょう。たとえば神戸だからパンがハマるのであって、ほかの地域ならその地域特有の伝統産業もあるだろうし、農作業の達人から学ぶこともあるだろうし、見落としているリソースがきっとあるはずです。私たちはそれとシニアをつないでいるだけ。今まで出会わなかった人やモノ同士に目を向ければ、隠れたヒントを見つけられると思います。海外からアーティストを招いたりするのも悪くありませんが、私はそれをあまりしません。あくまで、地域の歴史や資産に敬意を払い、それらを最大限生かした、シニアにワクワクしてもらえそうなものがプロジェクトの種なんです。
最後に永田さんが今、注目していることや今後の展望を教えてください。
永田
最近すごく気になっているのはシニアの表情です。病院でもショッピングセンターでも、無表情な人が多くて寂しい気がします。パンじぃや洋裁マダムたちは本当によく笑うんですよ。彼らを見ているとまだまだ、シニアの笑顔を増やせるなと思います。ワクワク参加して身につけたスキルでイキイキと地域で活躍するような、よりたくさんのシニアが毎日笑顔で過ごせるような、笑いを生むプログラムを考えていきたいですね。
永田さんのお話からは「毎日の楽しさ、誰かと関わる喜びをシニアに感じてほしい」という思いが伝わってきました。プロジェクトの種は、どの街にも植えられるものなのかもしれません。インタビューに登場したKIITO「+クリエイティブゼミ」のイベントレポートも下記にて公開中です。ぜひ、あわせてお読みください。
シニアと地域や社会をつなぐ「+クリエイティブゼミ」イベントレポートはこちら