かっこよい人

100年以上の歴史を誇る老舗酒屋「内藤商店」
全国を網羅した品揃えの背景にある“商人魂”とは

壁一面に並ぶ、焼酎、ワイン、日本酒、カップ酒、梅酒、リキュール……。夥しいほどの酒瓶が並ぶこちらの店は、品川区五反田にある酒屋・内藤商店だ。大正元年にできたこの酒屋は、100年以上五反田の住人に愛されながら、今日も選りすぐりの酒を提供してくれる。

お話をお伺いしたのは、内藤商店・店主の東條辰夫さん。「お酒を通して国を豊かにする」という想いで、東條さんは今日も店頭に立つ。

今回は、戦後の厳しい時代から培った“商人魂”について語ってもらった。東條さんの語る商人の在り方は、いまを生きる若者にも通じる何かがあるだろう。

東條辰夫
昭和15年に新潟で生まれ、商人になるため上京。百貨店に勤めたのち、内藤商店を引き継ぐ。
全国から取り寄せられた豊富な品揃えから、知る人ぞ知る名店とされている。
目次

“先生”との出会いが、商人魂に火をつける

東條さんが生まれた時代について、教えてください。

東條
私は昭和15年、新潟で生まれました。実家は農家だったのですが、私は農業に興味がなく、商人になるために家を飛び出したんです。

なぜ、商人になろうと思ったのでしょうか?

東條
高校生のときに出会った“先生”がきっかけです。卒業しても3、40年ほどのあいだ、年に1回は一緒にお酒を飲むような仲でした。その先生はとても頭が良く、授業内容がすべて頭に入っているので、チョーク1本しか持ってこないような先生だったんですよ(笑)。

東條
その先生には、授業以外にも“生きる哲学”のようなものを教えてもらいました。「お前たちは商業人になって、日本を支えていかなければならない」と。日本のために頭を使って人を動かしていく、そういう実業家になりなさいと教えられました。

その先生との出会いが、商人を目指すきっかけになったのですね。

東條
そうですね。それにくわえて、当時は戦後の貧しい時代でした。そんな環境のなかいろんな品物が店頭に並んでいるお店を見て、商人に憧れていたんです。「こんなに素晴らしいものがあるんだ。じゃあ僕もものを売る方になろう」と。そこから、「自分の百貨店をつくりたい」という夢ができたんです。その後は本当に百貨店に就職して、お店を経営するためのノウハウを学びました。

 そのころ妻と出会ったのですが、妻の実家がいまの内藤商店だったんです。当時妻の店の経営が傾いていることを知って、「僕が立て直す」と、29歳のときに店を引き継ぐことにしました。百貨店時代に経営のノウハウは学んでいたので、ここから日本一になろうと意気込んだわけです。

普通の日々のなかに幸福を 
生活に寄り添うお酒を提供したい

東條
当時の私はけっこう多趣味でした。囲碁から麻雀、ゴルフ、将棋などを嗜んでいましたが、そういったものは結婚したタイミングですべて辞めて、そこから必死に勉強しました。とにかく酒屋というのは覚えることが多かったんです。負けず嫌いな性格もあって、1日4時間寝て20時間勉強する日々をずっと続けていました。

それはすごいですね……。

東條
ときにはフランスに呼ばれて、現地までワインの勉強をしに行ったこともあります。

本場にも足を運んだのですね。内藤さんは、お酒の造り手のどんなところを注目して見ているのでしょうか?

東條
たとえば、酒蔵に訪れたら試飲をしますよね。そうすると造り手さんは、1番いいお酒である大吟醸を持ってきます。そのときに僕は、「毎日飲めるお酒を持ってきてください。普通のでいいんです」とお願いするんです。そのときの相手の様子をしっかりと観察します。

東條
造り手さんからしたら大吟醸が1番美味しいので、勧めたい気持ちはわかります。でも普通に暮らしている人たちは、毎日大吟醸を飲むでしょうか? 「普通のお酒を持ってきてください」と僕がお願いしたときに、すんなりと普通のお酒を持ってきてくれる方は、飲む人の気持ちをわかっている方だなと感じます。飲む人の心がわかって、情熱を持っている人のお酒を、僕は売りたいんです。

造り手側も、飲む人に寄り添っているかどうかを見るんですね。

東條
私は商人として、お酒を通して人を幸せにするためにはどうしたらいいのかをいつも考えています。お金を儲けようと思ったことは1回もありません。接客をするときは、なぜこのお客さんは今日お酒を買いに来たのか、何を食べながら飲むのか、といった話を聞きます。売り手である僕の心のなかに、お客さんを“同居”させるんです。来てくれたお客さんが本当に求めているお酒に出会えるためにも、うちではたくさんの品数を揃えているんです。

だから内藤商店さんには、こんなにもたくさんの種類のお酒が並んでいるのですね。

東條
ありとあらゆる商品をお客さんに提供するために、北海道の網走から九州の波照間の酒蔵を回って、「あの人にはこれだな」とか「この人にはこれがいいね」と、お客さんの顔を思い出しながら選んでいます。

 お客さんの喜ぶ顔を見ることができたら、商人冥利に尽きますね。たまに「支店を出してくれないか」とか、百貨店から「期間限定でお店を出してくれないか」とご相談をいただくこともありますが、そういったことはお断りしています。このお店の理念は地域を支えることです。また、地域の人たちを幸福にすることが、商人としての使命だと感じています。

東條さんがそう思うようになったきっかけは、なんでしょうか?

東條
息子がボーイスカウトをしていたときがあって、その全国大会で講演会があったんです。本田宗一郎さんや井深大さんなど、日本の名だたる実業家の方たちがお話をされました。「私たちは国を豊かにしないと、ものを売ることができない。私たちはものづくりをしているが、人づくりはできない。だからみなさん、人づくりをしてください。お金は出します。世のなかを発展させて、幸福にしたい」とおっしゃっていたんです。僕はその言葉に感銘を受けました。

 そのお話を聞いて、お酒を通して世のなかを幸福にするためにはどうしたらいいのか考えました。お酒は、楽しさや苦しさを抱えた人たちの気持ちをクリアにするという役割があります。私の父も美味しくお酒を飲んで、家庭が和やかになりました。みんなにもそんな幸福を与えたい。だから僕は日本中、世界中のお酒を集めて、みんなを幸せにできるようなお酒を提供しようと思ったんです。

カップ酒が秘めている無限の可能性

内藤商店さんには、焼酎やワインだけではなく、カップ酒もかなりの種類を取り揃えていますよね。

東條
カップ酒には可能性を感じています。まず、こんなにいろんな種類のカップ酒があることすらあまり知られていないのではないでしょうか。

 日本酒は地域によって、味が全く違います。その土地の気温や、空気中に含まれるミネラルの違いによって、味が変わるんです。カップ酒だとその違いを手軽に楽しむことができます。

たしかにこのくらいの量なら、試してみようという気持ちになりますね。

東條
一升瓶や4合瓶は値段も高くなかなか手が出しづらいですし、量が多いので失敗したらと思うと買いづらいですよね。その点カップ酒は量が少ないし、値段も300円ほどなので買いやすい。サイズが小さいので、物理的にも店頭やスーパー、コンビニにも陳列がしやすいのではないでしょうか。

東條
私の店では、1日で約100本のワンカップ酒が売れます。1本あたりの単価は高くはないですが、結果的に売り上げにもつながっています。もっといろんなメーカーがカップ酒に力を入れたら、日本酒の魅力をもっと多くの人に知ってもらうきっかけになると思うんです。そのためには、まず自分の店でやらないと始まらないので、これだけの種類を集めました(笑)。

 缶ビールが誕生して急速に広まったように、日本酒もカップ酒の手軽さと種類の豊富さがきっかけで広まれば、お酒の楽しさを知ってもらう可能性はまだまだあると思っています。

自分の店で実際に行動に移しているからこそ、説得力のあるお話ですね。

東條
なんでもそうなのですが、僕は世のなかを変えるためには自分がやらなきゃだめだと思っています。どれだけ夢があっても、実行しなかったら実現しないじゃないですか。僕ひとりはすごくちっぽけな存在かもしれませんが、行動を起こすことによって、結果的に社会が変わることもあるんです。

 今日やってみて明日変わるなんてことはありませんが、いま踏み出した一歩が、後々何かを変えるきっかけになっているかもしれません。また、それが人生を生きてきた証明だと思います。

最後に、東條さんがこれから叶えたい夢について教えてください。

東條
品川区に、世界中のお酒を集めたストリートができたらと思っています。品川区は羽田空港も近く、日本の玄関のような場所ですよね。そこに、テキーラやウォッカなどいろんな地域のお酒が集まれば、素敵だなと思います。お酒に付随して、各国の食事や音楽も楽しめる場所になれば人も集まり、店の理念である“地域を支え、世のなかを幸福にする”ことにつながるのではないでしょうか。密かそんな夢をみていますよ。

東條さんはお酒を買いに来た人一人ひとりに丁寧に向き合い、膨大な数のお酒から、まさにこれが欲しかったと思うような1本を提供してくれる。長年真摯に商人という仕事に向き合ってきたからこそ、成しえる魔法なのだろう。

そしてこの日々の積み重ねが、遠い未来につながっていると信じているのだ。

筆者は自分の起こした行動が、これから先の世のなかを変えるかもしれないなんて考えたこともなかった。きっと大半の人たちが、同じように感じているだろう。

ただ、そもそも変わることを信じなければ変えることはできないことを、今回東條さんに教えてもらった。自分がしてきたことも、遠い未来の誰かにいつか届くのだろうか。

この記事を通して、東條さんの人生と商人魂が、時代を超えて多くの人に届けばいいと改めて感じた。

内藤商店

住所
東京都品川区西五反田5-3-5

関連キーワード

取材・文=はるまきもえ

※掲載の内容は、記事公開時点のものです。情報に誤りがあればご報告ください。
この記事について報告する
この記事を家族・友だちに教える