かっこよい人

「ア・ファン匠工房」代表・乗松伸幸インタビュー
生涯現役!ソニーを退社して得た新たな生きがい

皆さんAIBOを知っていますか? ソニーが1999年に生み出したペットロボットです。犬のビーグルに似たルックスで、発売当時大ヒットしたのをご存じの方も多いでしょう。2006年に生産中止となりましたが、現在また復活!aiboという名前でリリースされています。

乗松伸幸さんは、元ソニーの技術者で、現在は、初代AIBOも含む、ビンテージ機器や思い入れ深い製品などを修理する「ア・ファン匠工房」という会社の代表。とにかく元気な乗松さん。今年66歳ですが「どこにでも行くし、やりたいことを何でもやる。生涯現役!」というポジティブシンキングの持ち主です。ロボット修理士の青年を描いた映画『ロボット修理人のAi(愛)』ではロボット修理の場面の監修もつとめています。

年齢を感じさせないパワフルな行動力とスピリットの持ち主の乗松さんは、ソニーの技術者時代、海外赴任先の中東でさまざまな経験をし、価値観が変わったそうです。乗松さんの人生の歩みと諦めない力について語っていただきました。

乗松伸幸(のりまつ・のぶゆき)
1955年愛媛県松山市(旧北条市)生まれ。1977年福岡工業大学卒業。1979年にソニー関連会社入社。クウェート、パキスタン、サウジアラビア、インドなど海外駐在し、サービス網の構築、技術指導を行う。1989年にソニー株式会社へ転籍。1999年より国内勤務、ワールドリペアーセンターにて海外への補修部品の地峡、ソニーCSにて国内修理部門を担当「ソニービンテージ部門設立」。2011年にソニー退社後、ソニー製品のメンテナンスを手掛ける。株式会社ア・ファン設立、AV機器等のメンテナンスとあわせて、旧AIBOの修理や合同葬にも取り組み実施している。
目次

クウェート、パキスタン、豊富な海外経験

乗松さんは、ソニーの技術者OBですよね。ウォークマンで一世を風靡したころでしょうか。

乗松伸幸さん(以下、乗松)
そうですね。ソニーを大企業に成長させた井深大さんや盛田昭夫さんの時代ですが、僕はもともとソニー本社の社員ではなく関連会社に所属する技術者でした。本当にいろいろな海外に赴任しましたね。それも中東中心。

最初は1983年にクウェート。その後、パキスタンで、サービス業の構築、技術指導などやっていました。
パキスタンから帰国後、ソニー本社の営業部門で働いてくれないか」と声がかかりました。僕は、はっきり言う性格なので、「ソニーで働くならば、係長以上のポストで、関連会社からの出向ではなく社員にしてくれないとやりませんよ」と言いました。そしてそれを受け止めてくれる寛大な会社でもありました。
そうして、関連会社から、ソニーの社員として働くことになりました。
「次はいよいよアメリカかヨーロッパかな」と思ったら、湾岸戦争がはじまり、中東で切り開いてきたビジネスが頓挫してしまったんです。それを再建するために、今度はサウジアラビアへ。必死に働いて「そろそろ日本に帰れるかな」と思ったら、今度はインドに現地間異動で飛んでくれと言われまして。インドでは、ソニーの100%子会社「ソニー・インディア」を作るという大きな仕事でした。

井深大さんや盛田昭夫さんからの学び

日本で落ち着いて働けるようになったのですね。

乗松
1999年より国内での勤務が再スタートです。僕はソニーを大きな企業にした井深さんや盛田さんの理念・考え方の影響を受けています。ソニーで働くようになり、井深さんがよく言っていたのは「作ったものには責任を持つ!」。作って売って終わりではない。アフターケアも大事にしろいうことだと思います。それはお客さんを大事にするということでもあるのです。そして部下を信頼すること。

最近は特に感じることですが、色んなテーマで会議を行うことがあります。
会議を行った最後にそれでは上層部に報告をして結論をご連絡しますという回答をよく耳にします。
会議を行ってもその時点で結論が出せない、決定権を持った人間がいないそんな縦型組織が
一般的になり、その影響で物事を考えなくなり、依存型組織が多くなっておると思います。
これではやはりスピード感が欠如します。

電化製品はだいたい7年でサービスを終了させるので、ソニーも1999年にリリースした初代AIBOを2006年くらいに終了したのです。今回の題材のERS-7も2006年最終販売でサービス期間は少し延長されましたが、2014年にはサービス終了となっております。
そんなおりに、AIBOの修理(治療)の依頼が舞い込んできたのです。

心筋梗塞がきっかけで人生について考えるきっかけを得る

そんな中で、乗松さんは53歳のとき、心筋梗塞で倒れたとか。

乗松
人生にはいくつかのターニングポイントがあり、自分で決断をしてスイッチを入れるのと、両親の他界や会社の問題など外的要因にてスイッチが入る事があります。僕の場合、スイッチは病気ですが、その時にどう行動に移すかで、その後の人生は大きく変わると思います。「一度だけの人生で何をやるのか」と考えたとき、自分がやるべきことはお客様を喜ばせる仕事だと。それで以前から考えていたお客様へのサービスに特化した仕事をしようと決めて、2010年末に退職し、ビデオ・オーディオなどを修理する会社株式会社ア・ファンを2011年に立ち上げました。

まさに人生のターニングポイントですね。

乗松
色々な事情をお持ちのお客様がいて、販売終了後何年も経っているのにそれでも使いたい、使わなければならない場合があります。
2013年にどうしても初代AIBO ERS-111を修理したいとのご要望のお客様がご連絡を頂く事になりました。
AIBOについては修理情報も何もない中で、2台、3台を組み合せば何とかなるのではとの事でまずは送ってくださいとお話をしたところすでに直ったの如くお喜びになったのを記憶しております。

当然、修理情報は企業にとっては大事ですので、直接は頂く事は出来ませんが、開発者OBの方々の記憶に寄り添いながら、一つずつ問題解決をしてきました。
2014年から始めたAIBO治療ですが、先月で、約3000台を治療しました。

3000台!すごいですね!

乗松
でも簡単ではなかったです。AIBOは特殊部品の塊りですから部品がないのですよ。だから初めはオークション等で探し、使わなくなったAIBOを譲っていただき、部品を再利用することも多いのです。まだまだ使えるんですよ。ただ家族のように大切にしてきたAIBOを簡単に分解しては申し訳ないと思い、AIBOの魂を前オーナー様にお返しする意味を込めてAIBOのお葬式をすることにしました。それが2014年1月26日から始まった「AIBO葬」です。

次世代に財産を伝承していくことが僕らの役目

本当にいろいろなことに挑戦されて、実現されてきたんですね。

乗松
次世代に何を残すかは、僕らの世代のテーマです。いろいろなことに挑戦して、実現して、次世代に繋いでいきたい。映画『ロボット修理人のAi(愛)』の仕事もそのひとつ。田中じゅうこう監督から、『ロボット修理人のAi(愛)』は、主人公がロボット修理人なので協力してほしいという話があったとき、僕は田中監督の心意気に賛同して参加することにしたんです。かなりいろいろなリクエストがありまして、おんぶに抱っこどころか「おんぶにおんぶじゃないか」と思いましたけどね(笑)。

映画でもAIBOは愛される存在として登場していますね。映画のモデルになった乗松さんの会社「ア・ファン匠工房」は設立10年になったとか。

乗松
今は後継者をどうしようかと考えています。会社は利益も出さないといけないのですが、社会貢献も必要です。ときどき大学などで講演もさせていただいていますが、次世代のみなさんには、井深さんや盛田さん時代の「自分の価値観でものを考える」ことをお話ししています。自分がこうだと思ったことをやった方がいい。でも、楽な方に行ってはいけない。キツイ方を選びなさい、その方がのちに自分の力になるからと話しています。

同じ価値観で同じ夢を見られる仲間づくり

ところで、海外赴任の時代、ご家族は一緒だったのでしょうか?

乗松
はい、家族も連れていきました。親父の生きざまは子供たちに見せるべきだと考えたからです。教育のためには子供たちは日本にいた方がいいとも言われましたけど、いい大学を卒業すればいいというものではないだろうと。うちの子供たちはパキスタンやインドで暮らして、現地の人々の暮らしを見ているので、本当の貧しさとはどのようなものかを知っています。

そもそも家内は、最初の子供を23歳の時にクウェートで生んでいますからね。その子供たちもいい大人になり、もうすぐ4番目の孫が生まれます。介護職や教師の仕事をしており、教育者としては苦労も多いようですが、話を聞いているときちんと対応しているので、育て方は間違っていなかったと思います。家内に感謝ですね、本当にすごいのは家内です(笑)。

今後について、考えていることはありますか?

乗松
夢は仲間づくりですね。同じ価値観で、いいと思えることを共有できる仲間を増やしていきたい。あと技術者としては、さっきも言いましたが、次世代に多くのものを残したい。技術は個人の財産だと思ってはいけない。なぜなら会社はそのエンジニアを養成する為に投資をしているわけだから、それは会社の資産であって、しいては日本の資産であり、 個人の資産ではない。
スキルは抱え込まず、社会に貢献することに使ってほしい。私の会社では、全国の技術者に仕事を依頼していますが、すべての技術者が、そのスキルを発揮できる場がもっとあればいいと思います。

目の前の乗松さんは笑顔で穏やかな印象ですが、言葉は熱く、ビジネスマンとして激動の時代を生き抜いてきたたくましさと自信を感じさせました。生涯現役でありたいと語る乗松さん。元気に活動する姿はシニア世代のお手本です。

乗松さんがロボット修理の監修をした映画『ロボット修理人のAi(愛)』は全国順次公開中です。


ロボット修理人のAi(愛)(全国順次公開)

  • 監督:田中じゅうこう
  • 制作協力:乗松伸幸<㈱ア・ファン代表>
  • 出演:土師野隆之介、緒川佳波、金谷ヒデユキ、水沢有美、大村 崑、大空眞弓ほか。
  • 映画オフィシャルサイト:http://roboshu.com/

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取材・文=斎藤 香
写真=納谷 陽平

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