物語

東大を卒業し、大手銀行に勤務。エリートコースを順調に歩んできた田代壮介(たしろそうすけ )（舘ひろし）でしたが、同期のライバルに負けて出世コースから外され、子会社へ出向。役員になる夢は破れ、ついに定年の日を迎えました。

壮介は、翌日からやることがなく時間を持て余します。妻の千草(ちぐさ )（黒木瞳(くろきひとみ )）は美容師として毎日忙しく、相手にされない寂しい毎日。しかし、彼は文学を学ぼうと思い立ち、カルチャーセンターに向かいます。そこでなんと受付嬢・浜田久里(はまだくり )（広末涼子(ひろすえりょうこ )）に一目惚れ。と同時に、ジムで知り合ったIT会社の社長・鈴木直人(すずきなおと )（今井翼(いまいつばさ )）から「弊社の顧問になってほしい」と依頼を受けます。壮介の第二の人生がようやく回りはじめたのですが…。

サラリーマンなら誰もが通るリアルストーリー

定年退職後「やることがない」「家に居場所がない」というシニア世代の方は多いのではないでしょうか？　趣味を持っている人は、「さあ、趣味に本腰を入れられるぞ」と楽しみかもしれません。しかし、猛烈に働いてきた仕事人間ほど、退職後、心にポッカリ穴があいてしまう。社会人として第一線にいた自分が、社会から「お疲れ様。サヨナラ」と言われてしまうのは辛いです。

映画『終わった人』の壮介もそのタイプ。仕事第一の人生でした。定年退職の日、花束をもらって部下に見送られる壮介は笑顔を見せますが、その表情には寂しさもにじみ出ています。

翌日は朝から「もう会社へ行かなくていいんだ」と、途方に暮れ、暇な時間を持て余す壮介。「ゆっくり旅行にでも行こうか」と妻を誘っても「私には仕事があるのよ」と断られ、図書館、公園などを散歩しながら時間をつぶす毎日。

そんなノンビリした毎日が楽しければよいのですが、壮介はまだ体も元気だし、仕事もできる。だからこそ、自分が歯がゆいのです。壮介が「定年って生前葬のようだな」とつぶやきますが、社会から切り離され、存在を消されていくように思ったからこそ、口からついて出た言葉かもしれません。

心が動くことに出会ったとき、人は前進する！

しかし、壮介の立派なところは、自分にできることを模索したことです。最初は大学院で文学を学び直そうと、まずはカルチャーセンターの門をたたきます。そのとき受付をしていた女性と意気投合。心が踊るような思いは、人生を活気づかせ、明るい表情と行動力は運を引き寄せます。若いIT社長のもとで顧問として働くことになった壮介は、忙しくなり「まだまだ俺は終わっちゃいない」と思うのです。

やはり心を動かせる何かは大切で、それらに出会うためには、家にこもっていては難しい。外に出て、人と会い、自分は頭も体も元気であることを伝えていかなければ…。壮介も様々な試みをしたからこそ、人生が動き出したのです。

「終わった人」ではなく「終れない人」

壮介を演じた舘ひろしさんは、この役について、こう語っています。

「“終った人”というタイトルを見たときは、断ろうかなと思いました（笑）。でも台本を読み、このタイトルは逆説的な意味があり“終われない人”を描いている、これなら演じてみたいと思ったのです。この作品は“定年”をひとつの節目ととらえていますが“人生の再挑戦”は何歳からでもできることに気づきました。慣れないコメディ映画の仕事で、撮影中は不安もありましたが、完成した映画を見て、私自身も新しい舘ひろしに会えた気がしました」。

舘さんは68歳ですが、本作で演技の幅を広げ、引出を増やしたのです。まさに第二の人生を懸命に生きる壮介と重なります。

恋の予感に再就職…順風満帆に見えた壮介の人生の再スタートですが、次第に暗雲が立ち込め、家族がピンチに陥ります。何が起こったのかは映画を見ていただきたいのですが、壮介はそのとき自分の欠点を知らされるのです。妻にどんなに我慢させていたのかも…。

定年後の人生について、家族との関わりについて、夫婦の思いやりについて、さまざまなことを考えるきっかけをくれる映画『終わった人』。見終ったあと、すがすがしい気持ちになり、「よし、頑張るぞ」という元気を与えてくれること必至です。