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「早く定年がこないかと思っていた。」清澄白河の人気店店主は67歳? |コーヒースタンドsunday zoo 奥野喜治さんインタビュー

東京・清澄白河といえば、いわゆる「東京の下町」でしたが、2015年にブルーボトルコーヒーが日本に初上陸して以来、おしゃれなカフェが続々とオープンし、いまや若者や観光客で賑わう「コーヒーの街」となりました。
今回は、そんな話題の街でブルーボトルコーヒーよりも先駆けて、週末(金・土・日)限定でコーヒースタンドを営んでいるご夫婦、奥野喜治さん(67)と奥野明美さん(62)にお話を伺います。「定年後にカフェ開業」という、絵に描いたようなセカンドライフの真相とは?

奥野 喜治(おくの のぶはる)
1951年大阪市北区生まれ。2014年に清澄白河でコーヒースタンド「sunday zoo」をオープンし、2016年に40数年勤めたANA(全日空)を定年退社する。店では自ら豆の焙煎から行っており、一杯ずつハンドドリップしたコーヒーを提供している。
目次

ANAから清澄白河のコーヒー屋さんへ

コーヒースタンド「sunday zoo」は、清澄白河駅から徒歩15分ほど、亀久橋近くの静かな通り沿いにあります。いつもお客さんで賑わい、みなさんカウンター越しにご夫妻との会話を楽しんでいるご様子。オープンから4年という歳月が経ち、すっかりコーヒー屋さんが板に付いているご夫婦ですが、前職はお二人ともANA(全日空)だったのだそう。

奥野さん
ANAでは定年までの40数年勤めましたが、最初はフライトマネジメントの業務を25~26年やってました。飛行機の燃料計算などをする仕事でしたが、転勤が多かったですね。大阪、高知、沖縄、成田、ウィーンといった具合に。妻とは高知で出会って結婚しました。

明美さん
私は当時、ANAの社員として高知空港(現:高知龍馬空港)の管理課で総務の仕事をしていました。所長と私と数人の整備士だけだったので、大企業にいながら現場は小規模で楽しかったですよ。結婚してからは主人の転勤についていきました。

奥野さん
フライトマネジメントの仕事で各地を転々とした後は羽田で空港マネジメントの部署に10年間在籍しました。顧客満足度を上げる施策をマネージャークラスの人間に伝えていくという仕事だったのですが、平たく言えば「おもてなし」を考える仕事です。

機械のマネジメントから組織のマネジメントに変わり、何か変化はあったのでしょうか。

奥野さん
もともと口下手な方だったので、コミュニケーションをとることがいかに大切か、身をもって学びましたね。「昨日何してた?」と人に一声かけるだけでお互いの気持ちが違ってくるでしょ。コーヒー屋でも然り、自動販売機のように、ただコーヒーを出しているだけじゃつまらないですよね。

明美さん
私はもともと接客経験があったので、主人よりもお店の「現場」を知っていたんですね。なので、最初の頃は営業中に座っている主人に対して「そんなところをお客さんに見られたらどうするの!」なんて厳しく指導してました(笑)。

コーヒーを淹れてもらいながらカウンター越しにお話ができるのが楽しい。ブラジル、コスタリカ、エチオピアなど、自家焙煎のコーヒー豆がずらり。
お客様のその日の気分や好みに合わせてコーヒーをセレクトします。
ハンドドリップでじっくり落とします。多い時には1日80杯以上淹れることも。

コミュニケーションを大切にお店を切り盛りし、いまや老若男女問わず、近隣の人たちのコミュニティの場ともなっているsunday zoo。清澄白河でお店を開いたきっかけはというと?

奥野さん
昔から夫婦でカフェや雑貨屋を巡るのが好きで。「老後は持ち家がある成田でコーヒー屋さんをやれたら」と思ってました。決定的なきっかけは、定年前の再雇用説明会で「週3勤務、副業もOK」という条件を聞いてですね。

明美さん
2013年の夏頃から、物件探しで今の住まい近辺を自転車で走り回っていたみたいで(笑)。
お店を開く構想は前から聞いていたものの、正直本当にやるとは思ってなかったです。
当時の清澄白河は「コーヒーの街」として有名でもなかったので、「なぜ家賃のかからない成田じゃなくて!?」と、びっくりしました。
ただ、「やりたいことがあるのはいいなぁ」と思っていて。退職記念で海外クルージング旅行という選択肢もありましたが、旅行は一度行ったらそれで終わりでしょう? コーヒー屋さんを開けば、失敗するかもしれないけど色んなことができるし楽しそうだなと思ったんです。主人の背中を押すというよりは、突き落とす感じで賛成しました(笑)。

思い切りよく開業に賛成した明美さん。奥野さんにとって、公私ともになくてはならないパートナーです。
お店近くに架かる亀久橋から見える風景。物件探しをしていた時の、奥野さんの自転車コースだった。

奥野さんは「何もないところだからこそ、何か作ってみたい、試してみたい。」と、ピンとくるものがあったのだそう。縁もゆかりもない土地で、2014年に「sunday zoo」をオープンしますが、当初の周りからの反応はというと……

奥野さん
準備期間は楽しく、自分たちで家具をDIYしたりして開店までこぎつけたのですが、案の定といいますか、お客さんが全く来ない(笑)。閑散としている店を見かねて、「コーヒー屋か分からないから、旗を立てた方がいいんじゃないか」とか、親切心から色々言ってくださる方がいたほどです。

明美さん
全部を聞いてしまうと自分たちの「軸」がぶれてしまうので、アドバイスまでに留めましたけどね…。にしても、オープン日は開店祝いのお花も何もなくて寂しかったですよ(笑)。

椅子以外の家具はすべて2人でDIYで作ったそう。カウンターからマガジンラック、本棚にいたるまで、デザインといい収まりといい、素人技とは思えません。
マガジンラックにはカフェ特集の雑誌やムック本が。お店の掲載誌もありました。
手作りの棚には、オリジナルグッズや、お二人の出会いの地でもある高知名物のミレービスケットも。

シニア世代は開業しやすい?

そんな状況下、近所ではほぼ同時期にオープンしている『ARiSE COFFEE ROASTERS』が自家焙煎のコーヒーショップとして話題となっており、同年8月にはニュージーランドのビッグネーム『ALLPRESS ESPRESSO』が上陸、その後すぐ近所に大手コンビニチェーンができ、さらに翌2015年にはサードウェーブコーヒーのパイオニアである『ブルーボトルコーヒー』が出店。レベルの高い競合店が予想外にも立て続けに進出していたなか、経営への影響はどうだったのでしょう。

(左)ARiSE COFFEE ROASTERS、(右)ブルーボトルコーヒー

奥野さん
本当に、1年も経たないうちに潰れるんじゃないかという思いでした。
既に注目されている自家焙煎のお店があるわ、焙煎会社が運営するコーヒー屋が海外から上陸するわ…。かと思えば価格では勝負できないコンビニができて、挙げ句の果てに「コーヒー界のアップル」がアメリカから来ることに。一体、第何次ショックまで続くのだろうと不安でしかなかったです(笑)。
でも本当にラッキーなことに、ブルーボトルさんができてから若い人がたくさん街に集まってくれて、相乗効果で売上は伸びました。宣伝なしで無名な店が盛り上がることなんて、まずないでしょう。

ラッキーだったとはいえ、売れ出すまでの1年間はお気持ち的には辛かったのでは?

奥野さん
今となってはですが、そもそも高望みをしなかったのが良かったポイントなのだと思います。初期費用はとことん抑えたので、月々の売り上げは「最低限赤字にならないように、家賃をまかなえる程度に」という方針でした。もちろん、厚生年金がバックにあるから考えられたことですが。そういった意味では、若い人が収入の後ろ盾もなく開業するよりは気楽だったかもしれません。

明美さん
採算がとれなかったらやめればいいかなくらいに思ってましたしね。それに転勤続きだったので、新しい土地に居を構えるのは苦にならなかったんです。他のお店は高いネームバリューを持っているけれど、「よそはよそ、うちはうち」で、その場で自分たちができることをやって楽しんでいたのだと思います。価格については、お客さんから「これじゃ安すぎるんじゃないの?」なんてよく言われますけどね(笑)。

自家焙煎のハンドドリップコーヒーが1杯300円~というお求め安さ。奥野さん曰く、「最初の値付けが1番難しい!」とのこと。
編集部でいただいた「シェイクドコーヒー」(500円)。夏にぴったりな一杯でした。

「金勘定」「マネジメント」「夢」

『会社員』から『個人事業主』へと見事に転身した奥野さん。年金という後ろ盾があり、タイミング的にも幸運だったとはいえ、「経営」に関しては何か秘訣がありそうです。

奥野さん
僕は、「金勘定」「マネジメント」「夢」の3つの要素が経営には必要だと思っていて。老後のカフェ開業というとスローなイメージがあるかもしれませんが、個人事業主は本当に休みがない(笑)。本業以外に経理などの事務仕事も兼任しなくてはならないので、数字を見る「金勘定」の感覚は絶対に必要です。
自分のスケジュールやコンディションを管理してくれる人もいないので、「マネジメント」も必要ですよね。うちの場合、火曜は豆のピッキング作業、水曜・木曜で焙煎、あっというまに開店日の金曜~日曜がきます。唯一の休みは月曜と思いきや、ここで仕入れの仕事をしなければならない。

※豆のピッキング作業=高品質なコーヒーをつくるため、コーヒー豆の中から不純物や出来の悪い豆を取り除く作業

明美さん
開店日に自分たちとコーヒーの質をベストな状態でもってくるためには、週3日の営業がちょうどいいんです。収入のことだけ考えると他の日も開店した方が良いのでしょうけど、それをやってしまうとコーヒーの質が落ちてしまうと思うので。

奥野さん
残る「夢」は、「熱意」とか「想い」のようなものです。「なんとなくこれをしたいなぁ」と漠然としたものではだめで、「これをやりたいんだ」という具体的な夢が必要です。

老後の夢を実現するために

「老後の夢はなんですか?」という質問に対して、はっきりと答えられる人はどれくらいいるのでしょう。年齢が若いほど曖昧な答えになってしまいそうですが、奥野さんは「定年前からの準備」こそ大切だと考えます。夢を持ち、夢を実現するにはどうしたらよいのでしょうか。

奥野さん
僕の場合は定年後にやりたいことがあったので、長いこと「早く定年がこないかな」と思ってました。サラリーマンの場合、定年は「リミット」とか「ターニングポイント」として捉えられがちですが、定年を迎えてから商売に向けて何かを始めるというのは、現実的に見ても厳しいと思います。
なぜかというと、知識や技術を自分のものにするには1万時間必要だと言われているように、期間にすると10年以上は準備にかかるからです。
となると、40代か50代までには具体的な夢を持っておくべきですね。そうじゃなきゃ、テレビやラジオ、映画、本なんかを見ても聞いても、ただ時間が過ぎていくだけで自分の中に入ってこないと思いますよ。夢がある10年と夢がない10年では、日々の暮らしが全然違ってくるわけです。夢が65歳以降に変わってもいいとは思うんですけどね。

焙煎機。奥野さんはコーヒーの焙煎を趣味で10年間勉強していたそうです。
本棚の一角。カフェガイド、展示会図録、デザイン書、詩集、エッセイなど。

奥野さん
要は、「今日1日が終わればそれでいい」というのは1番良くなくて、「10年、20年後の夢のために今日を過ごし、日々準備をすること」が大切なのだと思います。
夢を叶えるために、「ここに乗っかっていれば必ず導かれる」というのは絶対になくて。自分で感動を作り出して、自分が成長していく以外の方法はありえないんです。
夢や趣味がない人でも、日々の仕事で「なぜ自分はこの仕事をするのか」を問い続ければ、「仕事の先」に目を向けることはできますよね。

僕は、マネジメントとは『man(人)』+『age(年齢)』+『ment(司る)』=「人の成長を司る・お手伝いすること」だと捉えていて。つまり、マネジメントは「自分(または他人)を成長させることは何なのか、成長するにはどんなことが必要なのか」を考えることなんじゃないかと思っています。

そういったことを前職で最後の10年間勉強して、人に教えるということをやっていました。これは僕の使命だと思っているので、コーヒー屋さんだけでなく、人が成長してそれぞれの夢を叶えるためのマネジメントについて、今後も伝えていきたいと思っています。

月々の年金をもらえるシニア世代こそ、実はミニマムに挑戦できることがあり、若い世代は夢を持って日々を積み重ねていけば、定年後も豊かな生活を送れるかもしれない。いくつになっても、みんなその人なりの「マネジメント」がきっと必要なのだ。いつか奥野さんにはキネヅカで「先生」をやっていただけないか、密かに目論んでいる。

sunday zoo (サンデー ズー)

住所
東京都江東区平野2-17-4
営業日
[金〜土]10:30~18:00
[日]10:30~16:30

文=深澤彩音、写真=鳥羽 剛

※掲載の内容は、記事公開時点のものです。情報に誤りがあればご報告ください。
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